一枚の写真・図面から

2016年5月29日 (日)

一冊の本 客貨車諸部名稱圖解 11

客貨車諸部名稱圖解、今回はブレーキ装置です。

図77 二軸緩急車のブレーキ装置
1914_207_77
部品は手ブレーキ関係ですね。

図78 ブレーキ装置部品
1914_209_78

図79 妻取付部品
1914_211_79
1番は手ブレーキハンドルカバー、2は妻手すり、3は ステップ 、4は標識灯掛けです。
その標識灯掛けは、明治33年から昭和3年の廃止まで使われた、後部の上下の標識灯に使われたものです。
10
別府鉄道廃止まで倉庫として存在したワフ101にはまだ残っておりました。

218_19840129_31l

元々は左右にあった物です、上の左、下の右は失われていますが取付穴は残っています。

図80 手ブレーキ装置
1914_213_80
図77より簡易な構造の手ブレーキ装置です。

図81 真空ブレーキシステム図
1914_215_81
左端は機関車、その右は炭水車、右は客貨車で車掌弁付き。

図82 真空ブレーキ付2軸客車のブレーキ装置
1914_217_82

図83 真空ブレーキシリンダ
1914_219_83

図84 真空ブレーキシステム部品
1914_221_84
16~20はVAN VALVE(車掌弁)です。

図85 車輪周りのブレーキ部品
1914_223_85
これは説明の必要ないですね。

今回はここまで。
次回、諸設備で終了です。

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2016年5月21日 (土)

一冊の本 客貨車諸部名稱圖解 10

客貨車諸部名稱圖解、今回は連結器から。
図69 連結器 引棒
1914_191_69
大正14年の自動連結器への一斉交換以前の本州の標準的な連結器で、次図の緩衝器と共に使います。
参考図
2004101116075800017
フックの後ろの棒はずっと後ろに伸びて、車両の中央で継ぎ目を設けます(3,11および12,13)、その前後の横ハリ部に8~10の緩衝装置があります。
ボギーの場合は前後を通してはいません。
図70 連結器 緩衝器
1914_193_70
端バリの左右に4フィートの間隔で取り付けられています。
5が端バリに取り付けられ、2,3が前後に動きます。
5の中には6のたけのこバネがあり、これで緩衝します。
14から16はステップの受けです。
図71 引っ張りネジ
1914_195_71
図69の2番の穴に本図の5番を差し込んで組み立てます。
2番はターンバックルになっていて、上下で右と左のネジになっていて、7,8を回すと上下のリングが伸縮します。
10から14のチェーンはねじを締めた上に引っ掛けて安全策としています。
図72 鎖掛け
1914_197_72
車両の妻板下部に付くフックで、図71のネジを回している時に鎖を一時掛けておくものです。
 
図73 自動連結器
1914_199_73
ジャーニー式と呼ばれるもので、北海道では各種の自動連結器がありました。
 
参考に大正9年発行の「各種自動連結器名称録」から写真を紹介します。
L
「ゼニー式」と書かれているのがこれです。
この本もいずれ紹介したいですね。
 
図74 自動連結器取付
1914_201_74
北海道の有蓋車に取り付ける図面です。
後のものより低く、連結器中心高さは26.5インチ(673.1mm)です。
次は車輪です。
 
図75 輪軸
1914_203_75
 
図76 タイヤ断面
1914_205_76
輪軸に関しての説明は、この時代の本を紹介しようと思います。
「客貨車の話」大久保寅一著、大正15年第2版より
6465l
6667l
6869l
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7475l
7677l
7879l
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大正時代末期の本ですが、明治からの客貨車も開設されていて、非常に興味深い本です。
上記、連結器の本と共に紹介したいですね。
次回の客貨車諸部名稱圖解はブレーキです。
 

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2016年5月17日 (火)

一冊の本 客貨車諸部名稱圖解 9

客貨車諸部名稱圖解、貨車の続きです。

図56 冷蔵車
1914_158_56

図57
1914_162_57

これは、日本で2番目に作られた冷蔵車、レソ210ですね。
当初レ11~30として作られ、明治44年にレソ210となって、昭和3年にレ1の6~12になったと「RMライブラリー27」に書かれています。

3_037
貨車はここまで。

次はボギー台車です。
図58 4輪ボギー台車
1914_165_58

所謂ミッドランド型と言われるものですが、「レイル16号」の吉雄氏の記事によれば、明治33年から作られたもので、明治33年式と呼ぶそうです。
この項で私がグループ分けした、「明治30年型」で採用されたものが多いですね。

図59 4輪ボギー台車部品 1
1914_169_59

番号1の2種と、3番はどれもボルスターハンガーとなってるので、違う台車のものが入ってるようです、この台車のものは1の右側の方です。

図60 4輪ボギー台車部品 2
1914_171_60

番号10と11は下揺れ枕、10の両端のくぼみに59図の2番がはまります。
その他の部品はブレーキ部品ですね。

図61 6輪ボギー台車
1914_173_61

これは「明治39年型」客車に使われた台車で、台車も「明治39年式」と呼ばれています。
この後の3軸台車に採用された側受のアーチ形の梁のないシンプルな構造で、山陽鉄道が作った台車を元に作られたと吉雄氏の記事に書かれています。

大正3年版追録の形式図所載の図

549

図62 6輪ボギー台車部品 1
1914_177_62

番号2~7は前後の上揺れ枕を結ぶアーチバーですが、これが官鉄の特徴を表しています。
8,9,10は上揺れ枕、11,12,13はした揺れ枕です。

図63 6輪ボギー台車部品 2
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図64 6輪ボギー台車部品 3
1914_181_64

22のイコライザは、縦横比が狂っていますのでご注意ください。

図65 6輪ボギー台車部品 4
1914_183_65

ブレーキ関係ですね

図66 貨車用のアーチバー台車
1914_185_66

図67 ボギー台車のバネ
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図68 2軸車のバネとバネ受け
1914_189_68

次からは連結器です。

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2016年5月13日 (金)

一冊の本 客貨車諸部名稱圖解 8

久々の客貨車諸部名稱圖解、今回からは貨車です。
図43 有蓋車、この本のグラビアにある物です。
1914_129_43

元々5~7トン積みですが、大正時代に増頓工事を施工されて10トン積に統一されて、形式も「ワ50000」から昭和3年に「ワ1」となって、戦後まで国鉄で走ってました。
貨物鉄道博物館で保存されています。
5490p1050341

図44 有蓋車部品
1914_133_44

各部品がどこに使用されているのか、探してみてください。
図45 無蓋車
1914_135_45_2

明治の標準的な無蓋車です。
有蓋車同様、大正時代に増頓工事を施工されて10トン積に統一されました。
増頓後も元の形式で、昭和3年に「ト1」(初代)となって、戦後まで国鉄で走ってました。
3_316
これも貨物鉄道博物館で保存されています。
246p1050534

図46 無蓋車部品
1914_137_46

図47 ボギー有蓋車
1914_139_47

北海道で使用されたものです。
これでしょうか
3_314_2
これかもしれません
3_315
北海道では線路の規格が低く、軸重の関係で初期からボギー車が発達しました。
図48 ボギー有蓋車の引戸
1914_141_48

図49 ボギー無蓋車
1914_143_49

これも北海道で使用されたものと思われますが、形式を特定できません。
図50 当時は材木車と呼ばれていました。
1914_145_50

ちょっと違っていますが、この辺りと思われます。
3_015
荷重10トン、「チ」ですねぇ、けど、昭和3年まで持たなかったようです。
図51 ボギータンク車
1914_147_51

これは日本の物ではないようです。
図52 ボギー無蓋車
1914_149_52

これも図49と同様、北海道で使用されたものと思われますが、形式を特定できません。

図53 側開き式石炭車
1914_152_53

これは日本の物ではないように思うんですが、真空ブレーキとバッファ、日本の物の可能性もあります。
図54 底開き式石炭車
1914_154_54

これは元九州鉄道の物です。
3_406
図55 ボギー石炭車
1914_156_55

これも日本の物ではないように思います。
今回はここまでとします。
一冊の本 客貨車諸部名稱圖解 7

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2016年2月24日 (水)

一冊の本 客貨車諸部名稱圖解 7

客貨車諸部名稱圖解、今回からは下周りです。

図39 6輪ボギー車台枠
1914_121_39
「明治39年型」と思われる台枠ですが、サイズ的に車体長の短いタイプの物です。
明治45年式台車以降にあるアーチ梁が無いので、台車側受が横ハリに斜めについています。枕梁は大きな荷重を受ける構造にはなっていなくて、中心ピンとしての役割が大きいように見えます。
台枠の横方向の剛性を高めるための大きな筋交いがありますね。
下の断面図で、トラス棒を支えるクインポストが2本しかないのが短いタイプの特徴で、長いタイプは他のグループの客車と同様に4本あります。

図40 台枠部品
1914_123_40
1はトラス棒のターンバックル、2は前図の12番側梁の外側に付く長土台受です、3はクインポスト、4は真空ブレーキシリンダ受、5-8はブレーキ関係、9-15は中心ピン詳細です。

図41 2軸車台枠
1914_125_41
鋼木合造台枠です。
側ハリ(1)はⅠ形鋼、その他は木材で、6,7の長ボルトで引っ張って9で補強しています。
連結器のバッファは端バリ、フックは端バリから斜めに出たビームの先の横ハリにバネを介して取り付けます。
圧縮に弱い鉄と、引張に弱い木の性質をよく理解した上での設計ですね。

図42 台枠部品及び軸箱
1914_127_42
2軸車台枠の部品、と言っても、軸箱関係なんですが、1、2は軸箱守、ペラペラの板ですが、1と2は鍛接で接合されています。
3は軸箱守控、5は軸箱守をⅠ形鋼の側ハリに4で付けるためのスペーサです。
6-12は軸箱関係。左上の軸箱の図は1画法なので注意してください。

図43からは貨車になりますので、次からとします。

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2016年2月21日 (日)

一冊の本 客貨車諸部名稱圖解 6

客貨車諸部名稱圖解の続き

図30 腰掛布団と網棚
1914_103_30_2
中等車か上等車用の腰掛ですね。

図31 網棚金具
1914_105_31
図30の物に比べて凝ったデザインですね。
6~10はカーテン用の部品です。

図32 洗面台設備
1914_107_32
蛇口は無く、ボールに水を溜めるようになってるようですね。
10はタオル掛け、11はコート、帽子掛けです、凝ったデザインですね。

図33 洗面所付属品
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図32とは別タイプの洗面台です。
13鏡の左に飲料水タンクがあってプッシュタイプの蛇口が付いています。
9はコップ置き、14は注意書きとの事です。

図34 便所設備
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1,2は大便器(和式)、3は隅付けの小便器で4はその排水管、5~7は手洗器、8は壁付けの小便器、9~11はペーパーホルダーですね、ロールペーパーをバネで挟み込むようになっています。12,13は洋式便器ですね、上等車等、一部の客車に装備されています。

図35 便所指示機
1914_113_35
6を回転させて4で5の文字を塞ぐようになっています。
6を7に掛けて扉のロックも兼ねています。

図36 貫通幌
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現在のような引掛け式ではなく、パンタグラフによってバネで押し付ける方式です。
下は解放で、11~14のガイドバーで幌を案内しています。15は折り畳んだ時のフックです。

図37 郵便授受器
1914_117_37_3
郵袋を、駅で停車しないで、走行しながら授受する装置です。
右が地上側設備、左が郵便車で、大きな扉の下半分だけを開いて網を出してキャッチします。日本では鋼製のマユ31まで設備がありますので、その頃まで使用されたと言う事ですね。
この装置は、ちょうど使用中の写真があります。
渋沢栄一の長男渋沢篤二が明治後期に撮影した写真を息子の渋沢敬三が昭和38年に出版した「瞬間の累積」から。
P139l
P140l
客車は「明治39年型」のオユニ9920です、ちょっと分かりにくいですが、オープンデッキです。
当時の走行写真は珍しいですねぇ。
自費出版なのか、価格が書かれていませんが、そのせいか、印刷はあまり綺麗ではないのですが、あまり手に入らない本だと思います。
図9で参考に掲げた2等座席郵便合造車(ホハユフ8100)にも装備されていますね。

図38 汽動車
1914_119_38
これは明治39年に関西鉄道がハンガリーのガンツ社から主要部分を輸入して、四日市工場で車体を製作したものです。
073
営業運転は明治42年から湊町-柏原で開始されたが、使いこなせず、45年には運転を取りやめてしまいました。

今回はここまでとします。

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2016年2月18日 (木)

一冊の本 客貨車諸部名稱圖解 5

客貨車諸部名稱圖解の続き

図21車体金物、「明治22年型」の部品です
1914_085_21
1は、箱型二重屋根の上屋根を支える金物です。
7は、車体外開き扉の取っ手。
その他は車体構成上の金物ですね。

図22 窓とその部品
1914_087_22
大正時代後期までは、或る列車等一部を除いて、ほとんどの客車が下降窓でした。
8は網戸だそうです。

図23 下降窓のバランサーです。
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当時は非常に高級な装備で、ある程度以上の客車に採用されたようです。

図24 天井水槽
1914_091_24
3が板バネで、ふたを止めるようになっています。
当時の客車の屋根
107l
手前の客車に付いてますねぇ

図25 室内灯、油灯です。
1914_093_25
上の写真のおっちゃんが持ってるのが13のランプ。
上部に油溜がある白光灯と油溜が下部にある久美灯があったようで、どちらでも使えたようです。
写真のように、夕方になると、このように大きなランプを屋根上に持ち上げ、図の2のフタを開けて挿入していました。
朝になるとランプを抜き、その穴に5の栓を差し込んでいました。
7は、ランプケースの横にあり、単に板を曲げただけのような物(実際は鋳物の様)で、ランプを使用する時に5の栓を置いておくものです。
栓はカバーから鎖がつながっていて、転がり落ちないようになっていますね。
3はフタの掛け金で、下部は板バネになっていて、ふたをひっかけて開いてしまわないようになっています。上記の水タンクのフタと同様ですね。

図26 電灯
1914_095_26
日本の列車電灯は、明治30年の蓄電池による山陽鉄道の物が最初の様で、翌31年には近年まで使われていた車軸発電機による方式が採用されたようです。
図の物が、客車の物か電車の物かわかりませんが、当時は非常に明るく感じた事と思います。

図27 ろうそく立て
1914_097_27
食堂車等に使ったものでしょうか。

図28 通風器
1914_099_28
上側はトルペード(水雷)形、下側はグローブ形。
中型客車までトルペード形が多く使われましたが、グローブ形は或る列車のグループのトイレくらいしか思いつきません、他にも使ってたんでしょうか・・・
ちなみに、どちらも負圧を利用した吸い出し式です。

図29 プルマン式通風器
1914_101_29
アメリカ流の通風器、いわゆるダブルルーフの母屋部のベンチレータの内側の通風量を調整するものです。

全部で95図まであるけど、どこまで行こうか・・・
とりあえず、今回はここまでとします。

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2016年2月15日 (月)

一冊の本 客貨車諸部名稱圖解 4

客貨車諸部名稱圖解の続き

図11 「明治39年型」の寝台車室内詳細
1914_062_11
上段寝台は、単に回転するだけではなく、全体が窓のところまで下がってくるというメカニカルな構造となっています。

明治39年製オネ5~7の解放寝台ですね。
174
オネ9035を経てオイネ9035になりました。

図12 図11の寝台部品です、上段寝台用の部品ですね。
各図の番号は図11に対応しています。
1914_066_12
左中央の26番は29の間違いですね。

図13 屏風となっています、上段寝台の取り外し式仕切り板ですね。
図11とは食い違いもあるので、別の車の物かもしれません。
1914_068_13

図14 寝台車付属物となっています。
1914_070_14
左は上段寝台へのハシゴですが、右は・・・普通に見れば二重屋根の風戸のように思うんですが、名称は「デッキサッシュ」となっています。

図15 官鉄最初の洋食堂車「明治30年型」の調理室と食堂の詳細です。
1914_072_15
明治35,40年製シ4-6,10ですね。
009
形式図とは調理室に一部違いがありますね、デッキの構造も種類があったようです。

図16 喫煙室卓
1914_075_16
形式図で食堂右側の仕切りから右の小部屋の食堂は製造時は喫煙室だったようで、そこに備えられていた机と思われます。
食堂の利用者が多かったため、食堂に改造されたようです。

ここからは一般車の構造詳細です。
図17 デッキ部の金具
1914_077_17

これは、「明治30年型」のオープンデッキの部品です。
前に紹介した図9を再掲します。
1914_058_9
この図の番号と、図17の番号の読み替えは下記のようになります。
図17の番号>図9の番号とします。
1>2、2>5、3,4>17、5>3、6>16、7>18
写真は、撮影者不詳です。柵が凝ってますね。柵のデザインは3種類あります。
30

図18 引戸です。デッキから室内に入るところと思われます。
1914_079_18

図19 開き戸 これは、マッチ箱と呼ばれるグループの外開き戸ですね。
1914_081_19

図20 開き戸 これは室内の仕切扉と思われます。
1914_083_20

今回はここまでとします。

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2016年2月12日 (金)

一冊の本 客貨車諸部名稱圖解 3

客貨車諸部名稱圖解の続き

図6 客車端部の骨組み
1914_053_6

これは、明治39年から製造された、いわゆる「オイラン型」と呼ばれる、シングルルーフのグループです。
本書のグラビアのオトク9005もこのグループですね。
代表例の有名な写真、最大急行(後の特急)かな。一番後ろはオブロ1です。
手摺が格好ええなぁー
1

209
今後もこのグループが出てくるので、この項では「明治39年型」と呼びましょうか。

図7 明治を代表する3種のボギー客車の屋根断面です。
1914_055_7
上は図6の「明治39年型」、
中は明治30年から製造されたアメリカンタイプのダブルルーフ、グラビアのホワシ5070のグループです。
代表例のホハですが、このグループは非常に両数も多く、種類も豊富で、時代の変遷も非常に面白いグループです。
2210

078
「明治30年型」と呼びましょうか。本当は、このグループの前にその前のグループとの折衷型があります。
図7の下は、明治22年からイギリスのメトロポリタンから輸入したものと国産がある、箱型のボギー車のグループ。
6510

076
日本初の帝国議会に合わせるべく明治22年の東海道本線開通に合わせたものと思われます。「明治22年型」と呼びましょう。

図8 デッキ部です
1914_056_8

左から、「明治39年型」、「明治30年型」、「明治22年型」です。

図9 「明治30年型」の荷物車の端部詳細です。
1914_058_9

162
鉄道史料から、元々2等座席郵便合造車、郵便部は荒い縦羽目板、客室部分はシルヘッダ付の細かい羽目板と律儀に作り分けられています。この写真は3等になってから。
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図10 「明治39年型」の端部詳細
1914_060_10

このグループの客車はデッキ部の幅が広い物と狭い物があり、図6で紹介したオブロ1は広いタイプ、この図は狭いタイプです。このグループは幕板の飾り帯も特徴の一つですね。

まだ10図ですが、まだまだ先は長いなぁ・・・

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2016年2月 9日 (火)

一冊の本 客貨車諸部名稱圖解 2

客貨車諸部名稱圖解、今回から図です。

図1 客車の代表例です、何点か日本以外の客車がありますね。
1914_041_1l

図2 貨車の代表例、左は北海道用のようにも見えますが、アメリカ等の物のようです。
右は日本の一般的な有蓋、無蓋車、この図で模型が作れそうですね。
1914_042_2

図3 アメリカの客車のようですが、北海道の客車等の構造の参考になりますね。
1914_043_3_2

図4 これは院電初のボギー車ホデ1>ホデ6100ですね。
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図5 ホデ6100の妻と断面
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写真は有名な物しかありませんね、とりあえず掲載しましょう
6100_1

6100_2

形式図は客車略図から
074
この電車はサハ25029や、クヤ16001として、戦後まで残ったのは驚異ですね。

今回はここまでです。

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