鉄道施設

2015年12月31日 (木)

京都散策 疏水とインクライン

9850の途中ですが、先日、忘年会が京都であり、せっかくなので朝から出て、蹴上の疏水とインクラインを見てきましたので、簡単に報告です。

京都は明治維新による衰退防止と、古くからの水不足の解消、また、琵琶湖の舟運を京都まで伸ばすため、抜本的な解決策として、琵琶湖から水路を建設し、水位の高低差を利用した日本初の事業用水力発電をも達成する大規模な事業を行いました。

主任土木技師として、日本の鉄道にも大きな足跡がある田邉朔郎が活躍。
明治16年から測量を開始し、23年に水路を竣工、翌24年に発電所が完成し、送電が開始されました。

鉄道に関わる者としては、インクラインと日本初の電車の営業がこの事業により実現しました。

では、琵琶湖疏水記念館のパンフレット、各施設の解説板を元に写真を紹介します。

琵琶湖疏水記念館のパンフレットから、全体図です。
2_3
疏水は2本あり、現在でも水運以外は機能しています。
図の破線は水路トンネルです、京都東山連峰を超える必要があり、途中には山科の谷が有るので、ざっと言うと、大津の入口からトンネルを抜け、山科で高架橋を通り、東山をトンネルで抜けるというものです。

今回、京都側のトンネル出口からの散策ですが、いずれ見に行くかもしれません。

蹴上浄水場付近のトンネル出口から続く元船溜まり
1_7

真ん中の暗いところがトンネル出口で、右の建物が浄水場です。
そして手前の広いところが船溜まりになります。
この船溜まりには第二疏水との短絡の水門があります。
現在は第二疏水をメインに使っているらしく、水はほとんどありませんね。

その反対側なは船を乗せて運搬する台車です。
2_7
台車は下流にあるドラムで上下させます。船溜まりの水中にはワイヤーをターンさせる大きな滑車がありました。台車の後ろの物がそれと思われます。

それらの説明板
1_12

2_8
台車の詳細
3
台車はトラス橋と同様の構造で、ボギーにバネは無く、ボルスタで回転するようになっています。

この線路は水路と別に斜面になっています、写真は前回行った時の物
P4020060l
ゲージは測りませんでしたが、相当広いですね。複線で、現役当時は線路中央に滑車がありました。

この斜面の途中にもう一両の台車が保存されています。これも以前の撮影です。
4_2
斜面に置かれているので、ごつい車止めが設置されています。
どちらにも木の小舟が乗っています、三十石舟との事です、落語に川船として出てきますが,意外に小さいですねぇ。

上部に戻って、船溜まりの横に水力発電用の水管との水門があります。
6
時代を感じる良い感じの産業遺産です。

その水門の上から水路が横に出ています。
7
右は山、左は谷、急斜面に沿って水路と歩道が作られています。

その道を歩いていくと
8
巨大な水路橋!
南禅寺の境内で、水路閣と呼ばれています。壮大な建築物です。

その先は斜面で道は上がっています
9

その先
10_2
トンネルに消えて・・・

トンネルを抜けると、疏水沿いの遊歩道として有名な「哲学の道」
11
この道は銀閣寺まで続いているようですが、私はその手前、「くろがねや」さんで終点です。

いつものメンバー。
1_13

2_10

いつものように、ものすごい工作の結果を・・・・今回はここまでです。

もう平成27年も終わりですね。
当ブログをご覧いただきありがとうございました。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

さくいん 1  国鉄
さくいん 2 私鉄、海外
さくいん 3 模型、その他

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2015年7月26日 (日)

白馬へ行ってきました

ちょっと休みが取れましたので、いつも仲良くしてもらってる仲間と、白馬の「どぶちゅー」さんのお宅へ行ってきました。

毎度おなじみですが・・・
1507241l_4

高原の木陰、最高の避暑ですねぇ。

今回は、軽井沢と横川へ行ってきました。
軽井沢の10000(EC40)
Ec401l_2

すぐ横が線路なので、これより横へは行けませんでした。
軽井沢のホームからなら撮れそうですが、今回は行きませんでした。

集電部の拡大
Ec402l

集電器受けは木材で絶縁しています。
第三軌条は木のカバーが付けられていません、特殊なレールですね。
第三軌条の先端部
Ec404l

第三軌条の受け
Ec403l

この機関車は以前のブログも参照ください。

横川の「碓氷峠鉄道文化むら」も行きましたが、非常に暑くてあまり写真を撮れませんでした。

入ってすぐのラックレールの展示
1l

ラックの受けは本来枕木ごとに付きます。枕木は鉄枕木。

エントランス部
5l

受けには板バネが付いています。
6l

第三軌条
4l

ED42は暑い室内だったのであきらめて、他の見たかった車両を見に行きます。

DD53、DD51ベースの大型ロータリーです。
Dd531l_2

Dd532l

新幹線の911に通ずるデザインですね。結構好きな機関車ですが、初めて見ました。

その横のソ300
3001l

3002l

橋梁用の大型操重車です。格好えーなぁー、部分写真も多く撮りましたが、上からも見てみたいなぁ。

EF59
Ef591l

EF53改造車、瀬野で見て以来本当に久しぶりの再会です。

スニ30
301l_2

302l

窓の高さが低い初期型ですね。幕板が広いですねぇ。

ここまで見たところで暑さのためギブアップ。

 

さくいん 1  国鉄
さくいん 2 私鉄、海外
さくいん 3 模型、その他

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年4月 8日 (水)

一冊の本 神戸税関海陸運輸連絡設備概要

今回ご紹介する本は、大正11年大蔵大臣官房臨時建築課発行の「神戸税関海陸運輸連絡設備概要」という物です。

私が持っている本で、直接鉄道に関わらないものですが、神戸港がまだ、国産波止場、メリケン波止場、第一波止場、第二波止場の4波止場のみであった神戸港に現在も残る第1から第4突堤を作った時の記録です。

神戸港はこの4突堤建設により日本を代表する国際港と呼べるようになったわけですが、多くのデータおよび写真と巻末の3枚の図面により、詳細な記録となっています。

外観はこんな感じ、表紙は何も書かれていませんが、背の金押しの文字がきれいです。
Photo

では、所載の写真を全て紹介します。ページを追って掲載します。

グラビア、完成後の神戸港の写真です。
002l

工事開始
003l

日本最初のケーソン工法との事です。
鉄筋コンクリートで大きな枠組みを地上で作っているようです
004l

現場まで曳航して所定位置で着底
005l

完成後
006l

上の写真、右の突堤先端にある塔は現在メリケンパークに保存されてる物でしょうか?
007l

付帯設備の工事でしょうか、右は蒸気動力のロードローラーですね。
008l

電動走行式クレーン
009l

大型船舶が2隻係留できる、下の写真のハシケ等の小型船舶も珍しいですね。
010l

沖合の防波堤工事
011l

外国船が到着したら、通関手続きが済むまでは仮上屋等に一旦収めるのでしょうか、その後徐々に鉄道等により運搬が行われるということでしょうね、これが最後の写真です。
012l

次は巻末の図面です。
神戸の地図、赤の実線が今回の対象、第一から第四突堤、現在とは並びが逆ですね。
計画として、中突堤と現代の新港東埠頭、完成当時は第五、六突堤が破線で書かれています、北が下に書かれているのでご注意ください。
013014l04
大正末期の高架前の鉄道や引込線、市電、付け替えられた川の元のルートがよくわかる地形、居留地の風情が残る町割り等興味が尽きません。

現代の状態、Google Earthより
Photo_2
上記地図に合わせて北を下に回転させました。
地形は意外に残っていますね。

次は新しい突堤の詳細
015016l04
鉄道の引込線が詳しく書かれています、50年ほど前まで、ここを鐘付の8620が走っていたんですねぇ。
突堤先端や根元の交差部にある丸は貨車用の転車台です。ポイント代わりにも使われていますね。

最後は突堤の断面図です。
017018_05
ちゃんと書き分けられている船の断面が楽しいですね。
船のすぐ横の箱状の物が設置されたケーソンですね、設置時の基礎も分かる図です。
第二突堤は貨物用、第一突堤は旅客用を兼ねているので2階建てで、2階が船とつながっています、機関車の横にはホームもありますね。この第一突堤は西半分だけで東側は護岸だけです。
後に東に幅を広げて、大型客船が着岸する旅客ターミナルとなります。

私は、父が神戸港で仕事をしていた事もあり、この本を見つけた時は小躍りした物です。
横浜と同様、多くの写真が残されていますが、この地図や図面等と比べてみるのも有意義な事かと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月10日 (火)

一冊の本 鉄道設計図表全集 橋梁の部 8 高森線 立野橋梁

今回は、第一白川橋梁と同じ、高森線の立野橋梁です。

こちらは、旧餘部橋梁と同じトレッスル橋で、餘部橋梁亡き今、日本最大クラスのトレッスル橋だと思います。
完成は昭和3年、こちらは鉄道省の直轄工事です。
では、図面を見ていきましょう。
一般図です
P190_l
トレッスルが3基、上部はガーターです、餘部に比べて基礎の起伏が激しいですね。
P191_l
上部のガーターの詳細です。横の歩道、木の床で、建築限界からあまり余裕を見ていませんね。ここを歩いていて列車に遭遇したら怖いでしょうねぇ・・・えっ、ここを歩く事自体が怖い?もっともです。今は何か所も避難場所があります。
P192_l
トレッスル詳細です。配置図左側の下が斜めになった橋脚です。本図左下は展開した図ですね。非常に難解な図ですが、大きなものを途中カットして、重要な部分の詳細を示しながら全体を表す方法です。
この橋梁はこの3枚だけです。
写真も簡単に使えそうなのが見つからなかったのでこれでおしまいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月 8日 (日)

一冊の本 鉄道設計図表全集 橋梁の部 7-2 高森線 第一白川橋梁 2

今回は、高森線の第一白川橋梁を、鉄道設計図表全集 橋梁の部からの図面で紹介いたします。

雄大な構造物ですので、図面も多くて、12枚です。
順に見ていきましょう。
P204
本の順序とは違いますが、全体の構造です。
左が山側、右端が橋梁の中央です、右端を中心にこの図が裏返って向こう側になります。
総重量637.868トンと書かれていますね、大きさの割に軽い?
クーパー荷重はE33です、最大軸重は15t。
ここから詳細図です。
P193
拡大図各部の○の中の記号は、上図及び右の配置図に対応しています。
一番山側の起点の所ですね。
左下は斜めになっていますが、この図は上から見た図です。
 
P194
橋脚部です。
全体の重量の半分が右端の一点に集中します、500トン位を設定しているのでしょうか。
P195
アーチ部です、結構重要な場所だと思います。
この工程は、「汽車会社蒸気機関車製造史」1972年汽車会社刊行に写真があります。
P2701l
何とも恐ろしい作業ですね。
右端はスキャン時の紙の曲りです。
P196
橋梁中央部、下のビームは圧縮荷重、上のビームは引張荷重、その力のせめぎあいを斜めの筋交いで補強します。ベクトル図のままの構造ですね。
基本工程の最後に入れたビームはこの図の範囲のどれかでしょうね。
この工程の写真です。
P2702l
もうじき繋がるというわくわくする時ですね。中央部は隙間を開けています。
この図はアーチの上で、線路が引かれるガーター桁です。
P199
アーチ部の断面図です。
P200
橋脚部の最も高い部分の断面
P201
P198
この図面の右上のバタフライジャッキは、鋼製アーチ橋独特かもしれませんね。
まだつながっていない時に、これで一部の径間を拡縮して、細かな誤差を吸収したり、中央部で最後の部材を入れる時に、先端部を広げて、入れやすくするんじゃないかと思います。
最初の図面に書かれています、これは、中央部がつながった後、寸法調整の上、ジャッキの下の図のビームに置き換えられます。
これも写真があります。
P2703
右端のビームが曲がってるように見えますが、製本のせいで紙が曲がっているだけで、ビームは水平です。
ここからは各部の構造です。
P197
P202
P203
図面は以上です。
「汽車会社蒸気機関車製造史」にエピソードとして、
「架橋が進んで最後の結合材を入れることになったのは、7月の暑い午後のことであった。ところが隙間が少なくてそれが入らない。立ち合いの人の中には嘲笑する者もあったが、現場の当社監督員は少しもあわてず、翌朝改めて作業をやりなおした。すると前日はどうしても入らなかったその部材が難なく入ってしまい、作業を担当した鳶職の親方は喜びのあまり61mの桁の上で踊りだしさえした」と書かれています、
温度差と鉄の熱収縮を利用した話として記録に残っているそうですが、
技術者の感覚で考えれば、こんな事は当然の話で、上の中央部の写真でもバタフライジャッキで引っ張って中央部は十分に広げられているので、
問題などなかったのに、ちょっと演出をしたんじゃないかと邪推したりしますが・・・

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2014年6月 6日 (金)

一冊の本 鉄道設計図表全集 橋梁の部 7-1 高森線 第一白川橋梁 1

鉄道設計図表全集 橋梁の部からの図面、今回は日本の橋梁でも難工事で有名な、高森線の第一白川橋梁を紹介します。

南阿蘇鉄道で現存しますので、お近くの方はぜひ訪問されることをお勧めいたします。
竣工は昭和3年、中央径間91m、全長166m、汽車会社製です。
まずは有名な写真
1l
昭和2年の撮影なのでまだ未完成で、走行試験でしょうか、
機関車は、前は3300かなぁ、後ろは8620やね。

この鉄橋、13mmゲージで超精密なレイアウト、「己亥鉄道」を作られている、豊川市のSさんがこの鉄橋を作ってられますので、紹介させて頂きます。「己亥鉄道」は横のリンクからご覧くださいね。
製作中 1
Dsc_0001aal
製作中 2
Dscn3165al
ほぼ完成状態、列車を置いてみる
Dsc_0001al
Dsc_0006al
Dscn3289al
すばらしい!!の一言!
という事で、図面は次回です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年6月 4日 (水)

一冊の本 鉄道設計図表全集 橋梁の部 6 手延分解式 架桁機

土木学会図書館が続きましたが、今回もそれとリンクして、鉄道設計図表全集 橋梁の部からの図面を紹介します。

今回の架橋方法は、機関車を使わない方法です。
まずは土木学会図書館のHPからダウンロードした写真です。
Co0431ks10_364span
これは、新たに架ける桁の先を延長するものを付けて、先端を橋脚に乗せて安定させて前方にずらせて架橋するものです。
鉄道設計図表全集 橋梁の部からの図面です。
P208_35
下の小さい図を見て頂ければ全体のイメージがつかめると思います。
追加の桁の先端部にローラーを置き、後部はトロッコに乗せます。
この架桁機の先端が行く橋脚上部にローラーがあり、架桁機の先端がそのローラーに乗るまで繰り出し、架桁機を分解しながらさらに伸ばして桁が正規の位置まで移動した段階で、ジャッキを使用しながら枕木を減らしていって、本来の位置まで下げて設置します。
P209_35
作業の写真です。これから繰り出そうとするところ。
Co0349_2
Co0351
えらいところにぶら下がっていますねぇ。
Co0264
繰り出し中
Co0348
先端が橋脚に乗った。
Co0260
Co0269
架桁機を分解しながら、さらに繰り出し。
Co0267
以上、写真は土木学会図書館、土木貴重写真コレクションから引用させていただきました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年6月 2日 (月)

一枚の写真から 26 土木学会図書館所蔵の写真 4 機関車 2

土木学会図書館のHPからダウンロードした写真、
今回は、まだ橋が出来ていない時に、機関車を川の向こう岸に運ぶ方法です。

今なら普通に道路で運ぶところでしょうが、道路が発達していない時代はこのようにした記録があります。
場所は、浜田線(現山陰線)浅利-江津間、郷川橋梁、大正8年11月の事です。
Co066150035ton8111
写真のキャプションです、
「機関車解体 大正八年十一月一日撮影 500型35ton濱田線江東以西軌道工事ニ使用ノ当リ郷川橋梁架桁未済ノ当リ渡東岸ニ於イテ解体舟渡ヲナシ江東構内ニ於イテ組立ヲナス・・・以下省略」
機関車は537号、江東は現在の江津駅と思われる。こんな露天で解体するんですねぇ。
Co0662
「解体ノ際ニ川岸ニテ洗鑵ヲナス」
川の水で!、洗い口から入れて、火室底部の栓から抜く。
Co0664boiler10ton
「Boiler,舟渡舟積順備,10ton」
華奢な桟橋ですね。
Co0663
「舟積」
こんな細い櫓で10ton!ちょっと考えられない・・・・
Co066519191102_2
「解体セル機関車舟渡運搬」
人力で川底を棒で押して向こう岸に運んだようですね。相当重心が高いように思うけど、案外安定してるんでしょうねぇ。
Co0668boiler
「Boiler,西岸ニ到着桟橋取り」
東岸と同じような簡単な櫓で機関車を仮設桟橋に引き上げます。
Co0669boiler175tonwinche
「Boiler引揚,桟橋勾配1/7,5ton巻Winche使用 女人夫8人、男人夫2人掛リ」
堤防の上まで引き上げます、勾配1/7は142‰!!碓氷峠の倍ですよ!それを5tの手巻きウィンチと人力で引き上げます。
Co0666
「貨車舟渡運搬,七噸車」
機関車の下周り、動輪や貨車を運びます。
Co0667frame15ton
「Frame,桟橋引揚(15ton)」
ボイラーに比べて安定感抜群です。
仮設の桟橋の構造がよくわかります、軽便鉄道の木造橋のような感じですね。
Co0670l
「機関車組立江東停車場構内詰所前ニテ組立」
組立もこんな環境なんですね、組立に、職工88人で11日掛かったそうです。
前回の最後の写真はこの機関車の活躍中の物と思われます。
以上、写真は土木学会図書館、土木貴重写真コレクションから引用させていただきました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年5月31日 (土)

一枚の写真から 25 土木学会図書館所蔵の写真 3 機関車 1

土木学会図書館のHPからダウンロードした写真、今回はその中から機関車が写った写真を紹介します。
最初は本当に貴重な写真
Co0618_19201025l

元阪鶴鉄道、BROOKSの3450です。この機関車の写真は今までメーカーのワークスフォトだけしかありませんでしたが、今回発見したのは非常に貴重です。
大正9年10月25日撮影、山陰本線郷川橋梁工事で使われた時の撮影です。煙突がパイプ煙突に変わったくらいで、改造は少ないですね、キャブから煙室へ行っている太いパイプは、金田さんの本からブロワーパイプと思い込んでいましたが、近藤さんから「これは真空ブレーキのエジェクターの排気管だ」と教えていただきました。
考えてみれば確かにそうです。何に対しても、自分でちゃんと調べることは大事ですね。
この時期の機関車の写真自体が貴重ですが、土木学会図書館の写真はこの場所で機関車が遠くに行った写真と、もう1枚あります。
これ
Co0635no9

参考にBROOKSのワークスフォトを載せておきます。
29976alco_l

これ以外にも、土木学会図書館には何枚か機関車が写った写真があります。
これは上の写真と同じ郷川橋梁ですが、まだ新しい9600が美しい!後ろはB6が2両、完成時の走行試験のようですね。
Co0641

これは横黒線(北上線)川尻川仮橋ですが、機関車は前面窓が丸いようです、何でしょうねぇ
Co0428

Co0429

それから、もう1枚。
Co069240m19200405
機関車はきれいなA8ですが、後ろの有蓋車が明治期によく見られたもの、大正時代の増トン工事で普通のワ1になってしまいましたが、原形の写真は貴重です。

次回はまだ橋が出来ていない時に、機関車を川の向こう岸に運ぶ方法です。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2014年5月29日 (木)

一枚の写真から 24 土木学会図書館所蔵の写真 2

土木学会図書館のHPからダウンロードした写真、今回は仮設の架橋用操重車を使う写真です。
仮設と言っても結構大がかりで、先ずは図面からです。
37

これは、日野川橋梁での図面で、径間が60’(18288mm)の場合で、中央に特殊な台車に塔が立った物を作り、2両の機関車で距離を稼いで後部の機関車の重量で桁を持ち上げるという物です。中央の台車の前後は、ソ1のように端バリが下がり、前は桁、後ろは機関車の端バリに引っ掛けていますね。
前の機関車は500として問題ありませんが、後ろはB6なら2320ではなく2120ですね、しかし図は1-C-1で、C-1のB6ではなく2900の様な感じですねぇ。いずれにしてもB6は重量があるのでこういう作業には打って付けですね。

径間が40’(12192mm)以下の場合は機関車が1両で、しかも500です。
38

中間の仮設のやぐらの詳細です。
49
まだ本線に出ていない状態ですが、頑強に作った台車に4軸の車輪が付き、その上にレールを曲げて作ったビームが乗っています。

別の物です、こちらは3軸ですね。
47

機関車の端バリが乗っているのが良くわかりますね。

次は実際の架橋風景です。
45

記念撮影と題されていますが、こんなところに足を投げ出してよく座れるものです。

Co0006

Co0010

最後は鋼製の物です。
Co0022_2

こういう、日ごろ目にする事のない特殊な機械と言うか、車両と言うか・・・は創意工夫がちりばめられて、非常に興味を引きます。

以上、写真は土木学会図書館、土木貴重写真コレクションから引用させていただきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)