一枚の写真から 機関車編

2015年9月 8日 (火)

一枚の写真から 37 3200

BEYER PEACOCKの機関車、今まで製番順で549053007700北海道東京都水道局77005500392019003950東武A156007080東武B3と紹介して、やっと最後に3200で終わりです、製番順では7080のあとに入ります。

3200は、日本鉄道が1903年に1-C-1タンク機関車を増備するに当たり、従来英米2か国に発注していたものにドイツ製を加えることとなり、ドイツ製の2種と共に、イギリスのBEYER PEACOCKに発注したのがこの機関車で、ドイツ製の3170が6両、3240が2両だったのに対し、この機関車は24両製造されました。
このグループは明治のタンク機関車では最大級で57tもあり、悪名高き3100が58.1tであると思えばこの機関車の大きさと重さが想像つきますね。

では竣工写真から
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武骨で非常にバランスの良い英国機ですねぇ。英国製のタンク機関車の最後期の良品と言う感じで好感が持てます。

組立図
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この機関車も動輪の外側までの広火室でベルペィア式です。
ばね装置は、イギリス製では珍しく全輪イコライザ付で、第1、第2動輪間の左右のイコライザが第1動輪前方で左右一体となって先輪につながっているのでこのグループで1点、第3動輪と従輪が左右で2点の完全な3点支持になっています。
先従輪の左右の復元はコイルばね式、台枠前部は先輪の分が切欠かれ、従輪部は台枠が狭まっています。
火室下部の傾斜を避けるため台枠が欠き欠かれ、その分下に広げています。
ブレーキシリンダはキャブ下のステップ裏に左右2台、その内側、台枠内の丸い物は砂箱です。

日本に来てからの写真です。
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昭和になって空気ブレーキ装備の状態。昭和10年の3211
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昭和11年の同機
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最後は3213号、撮影年不明です。
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これら3211,3213,3219の3両は戦後まで残りましたが、他は昭和9年に廃車されてしまいました。

大分涼しくなったので、そろそろ模型工作でも始めよっかなぁー

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2015年9月 5日 (土)

一枚の写真から 36 7080

BEYER PEACOCKの機関車、5600の次は7080です。

異様なデザインの機関車ですが、日本鉄道が1902年に東北線の福島近辺の勾配線に使用するため、NORTH BRITISH(DUBS) に12両(7050)、そしてBEYER PEACOCKに6両発注したのがこの機関車です。
発熱量の低い常磐炭を使用するため、5600等と同様、広火室でベルペィア火室とし、先輪のないC1タイプの軸配置を持つテンダ式では唯一のグループです。

このグループの大きな特徴として、C型にも関わらず、日本鉄道最大の動輪直径を持っています。
5500や5600の旅客用とされる機関車が1372mmであるのに、このグループは1インチ大きい1397mmとなっています。
B6より強力で、高速にも耐える、勾配線の旅客にも使える機関車と言う設定だと思います。

ではメーカー写真から。
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大きな動輪に後ろに寄った従輪、武骨な感じの機関車ですね。

では組立図です
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  特徴的な従台車部は台枠が二重構造になり、従輪の軸受は外側の台枠で受けるようになっており、軸箱は2-1/2”(63.5mm)の横動が許される構造となっていて、一般の従台車のように回転はしない構造です。
  この軸配置では、機関車が牽引力を出して列車を牽いた場合、炭水車からの引っ張り力が機関車を真っ直ぐにしようという力が働くので、第一動輪は曲線では常に曲線の外側に動こうとする力が働き、脱線しやすくなります。
  従輪の復元バネは金田茂裕氏の著書では軸箱の上部に傾斜をつけて復元作用をするとされていますが、この図面では不明です。
  軸配置上、復元バネを付けると、全部の横方向の力がより顕著になってしまうので、付けない方が良いようにも思えますが、乗務員の乗り心地を考えると少しは復元した方が良いと思うので、難しいところですね。
  通常、これを抑えるために先輪を設け、復元バネで機関車を曲線の内側に誘導するのですが、列車の有効長等の都合か、先輪を省略したため、脱線が多かったそうです。
また、B6に比べて動輪上の重量が軽く、ボイラーシリンダ共に大きいため、空転が多く、動輪が大きいせいもあり牽引力はB6より劣っていたようです。

この機関車の日本での写真はあまりなく、これと、もう一枚明治の機関車コレクションにあるくらいでしょうか。
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1922年、明治の多くの機関車と共に廃車されました。

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2015年9月 1日 (火)

一枚の写真から 35 東武鉄道B3

  BEYER PEACOCKの機関車、大体製造年代順で来ましたが、5600つながりで、いきなりこのメーカー最後の輸入機関車です。

  東武鉄道は1912年にBALDWINから輸入したD1に引き続き1914年に6両輸入した機関車がこのグループです。この時期東武鉄道は特に路線が増えたわけではないのですが、飛躍的に複線化が進んだ時期ですので、その関連の増備と思われます。

  基本的に国鉄の5600を元にしてるとは思いますが、寸法的には下回りが全体的に大型になり、動輪も5フィート(1524mm)となっています。
  1914年製というと、国鉄では9600,8620の時代ですが、この機関車はスティーブンスン弁装置、飽和式ボイラーと旧態依然ですが、この機関車もその影響を受けたのか、フロントデッキ周りに国鉄型の影響が見られます。

それでは竣工写真から、30号です
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5600に比べてランニングボードがすっきりして好ましいデザインですね。
機関車の全長は5600より伸びていますが、炭水車が短く、機関車全長ではこの機関車の方がわずかに短くなっています。日本の機関車のベルペィア式火室の最後の形式ですね。

組立図
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5’動輪は日本に来たこのメーカー唯一ですね。

写真はたくさんありますが、数点紹介します。
29号、戦前の写真、改造点は連結器、炭水車の増炭くらいでほぼ原形です。
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同じ機関車の昭和25年の姿。
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最終期の姿
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30号は竣工写真以外ありませんので31号です。昭和10年
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戦後の早い時期です。
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33号の写真はありません、
34号です。平野和幸氏の写真
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東武鉄道の蒸気機関車は「図面資料集成 東武鉄道の蒸気機関車」石島治久著、に詳しい解説と美しい図面がありますので、ぜひご参照ください。

 

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2015年8月27日 (木)

一枚の写真から 34 5600,5625

日本鉄道が、発熱量が低い常磐炭を使用するため、1899年と1900年に5500を元にボイラを少し大きくし、火室をベルペィア式として火格子を大きくした機関車を増備しました。

両数は18両を数え、5500に比べてランニングボードが高いのでかなり印象が違います。
また、前妻に入口を設けたアメリカ式のキャブも変わっています。
大きな火室を避けるため、台枠が下に大きく湾曲しています。

メーカー写真
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組立図
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明治時代
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戦後、1953年から1959年まで東武鉄道3号(Ⅱ)として活躍した元5605号
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この機関車は鉄道聯隊に移管された機関車で戦後新京成電鉄の建設用に使われた後東武にきて、ここで終焉を迎えました。

5600のうち、1927年に7両が樺太鉄道に移管されて、後に樺太庁鉄道になり、1943年に国鉄に買収されて、残存の3両が新たに5625という形式が付けられました。

樺太庁鉄道時代の43号の写真が有ります。
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5600と5625は以上です。

 

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2015年8月23日 (日)

一枚の写真・図面から 33 1900

BEYER PEACOCK、5500に続いて輸入されたのは、日本鉄道が1896年に6両購入した1900です。

官鉄が1880年に勾配線用に最初に増備した1800系列の強力なC型タンク機関車です。
1800系列では最終形になります。

日本鉄道では同年24両増備しましたが、5両は3年後岩越鉄道に譲渡されました。
両鉄道とも国有化されて全30両が形式1900となりました。

早速メーカー写真から
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非常に洗練された姿の良い機関車です。
1800に比べて煙室が延長されています。
サイドタンクのリベットが特徴的ですね。
細かいリベットは板の継ぎ目、裏に帯板で裏打ちしています。
荒いリベットは補強で、裏はアングルが背中合わせになっています。

組立図
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原型では真空ブレーキと手ブレーキを装備しています。
キャブ下の左右に砂箱があり、大きなブレーキシリンダが付けられなかったのか、シリンダ後ろに真空ブレーキシリンダを付けたため、シリンダ部に動作を反転させるリンクがあります。動輪のブレーキは後ろから締めるようになっていて、手ブレーキの引き棒は前へ長く伸びています。
構造的にも典型的なイギリスタイプですね。

この機関車の写真は、明治の機関車コレクションに載っているもの以外あまりありません。
岩越鉄道3号
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ボイラ上の大きな四角い箱は自己復旧用の道具箱でしょうか。

大正時代、磐城炭鉱専用線での1924号です。ホッパの写真も珍しいですね。
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1900は写真も少なく、これで終わりです。

 

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2015年8月20日 (木)

一枚の写真から 32 5500-5

5500明細図、今回で最後です。

48 運転室
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52 運転室腰掛
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53 ボイラ  一部欠けています。
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55 火室
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56 長手控 火室上部の長手方向に付く控です。これも一部カットです。
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60 運転室配管
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61 レギュレータハンドル
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62 安全弁 ラムスボトム式ですね。
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63 汽笛 一部欠けています
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65 加減弁
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明細図は以上です。炭水車は持っていません。

5500はこれで終わりです。

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2015年8月17日 (月)

一枚の写真から 32 5500-4

5500明細図の続きです。

17 クロスヘッド この図面も一部カットしてコピーされています。
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19 スティーブンスン式加減リンク
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20 スティーブンスン式偏心輪 半分はありません
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27 主台枠
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34 バルブ、コック類
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35 煙室
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37 煙突
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38 吐出管 煙突下部で左右のシリンダの吐出管の端部 半分だけです。
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44 先台車
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今回はここまで。
次回で終了です。

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2015年8月14日 (金)

一枚の写真から 32 5500-3

5500、今回から明細図の紹介です。

日本でまとめられた、初期型の明細図です。

手持ちの図面は抜粋されてコピーされたものなので、一部抜けがありますが、手元にある物全部を紹介しましょう。

目次
17_beyer_peacock_2bn2_5500_p000_l_2
これのページ番号順とします、ページが飛んでるものがあるので番号も飛んでいます。

1 機関車組立、初回紹介したのと別物ですが内容自体は同じと思います。
17_beyer_peacock_2bn2_5500_001l
7 動輪
17_beyer_peacock_2bn2_5500_007l
8 バランスウェイト
17_beyer_peacock_2bn2_5500_008l
9 車軸
17_beyer_peacock_2bn2_5500_009l
10 先台車軸箱守
17_beyer_peacock_2bn2_5500_010l
11 動輪軸箱
17_beyer_peacock_2bn2_5500_011l_2
15 主連棒大端 一部カットしてコピーされています。
17_beyer_peacock_2bn2_5500_015l
16 主連棒小端、連結棒
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続きは次回で。

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2015年8月 9日 (日)

一枚の写真から 32 5500-2

5500の明治時代の写真は「明治の機関車コレクション」に多くありますので、その後の写真です。

5508
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5531
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5543
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5546
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5570
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5571
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東武58
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次回は詳細図です

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2015年8月 5日 (水)

一枚の写真から 32 5500-1

ちょっと空きましたが、BEYER PEACOCKの機関車の続き。

今回から、日本でこのメイカーの機関車を代表する5500を取り上げます。

5500は5490を元にテンダ化したと思われますが、
意外にも、このタイプはニールスンが1893年に製造した5630が先になります。
同1893年から製造された5500は、日本鉄道が60両、東武鉄道が12両、総武鉄道が6両の計78両が輸入されました。
そのうち東武の6両を除く72両が国有化され、5500-5571となりました。

この機関車は細かい個所の分類で3種類あります。

最初のグループ1893,1894年製5500-5517の竣工写真から
35973602226231north_western_museum

このグループの組立図
Beyer_peacock_5500_55005517_7754507

最初のグループは先細煙突が特徴で、5500らしさを表してるように思います。
スライドバーは一般的な1本バーです。

第2のグループ、1897年製の5518-5553と、1898年製5570,5571、1907年製5566-5569です。写真は1897年製
38893924154188north_western_museum_

組立図は第2第3のグループ共通です。
Beyer_peacock_5500_55545565_8262566

このグループは煙突が先太になり、先台車が変更になっています。

第3のグループ、1898年製5554-5565です。
40144025189200north_western_museum_

基本的に第2グループと同じですが、第一動輪のスプラッシャと一体になった砂箱が大きくなりました。

次から他の写真と詳細図を紹介していきます。

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