一枚の図面から

2018年2月15日 (木)

一枚の図面から 50-5 機関車編 9600 9618-9657

今回も9618~9657を見ていきましょう。

今回は下周りの図面です。

台枠組立、現物は横長なので、2枚に分割します。
9600_170_1692
9600_169_1691
  この台枠は、真空ブレーキに対応したもので、9618~49601に使用しています。
9600~9617との違いは運転室の床のみと思いますが、図面が無いので不明です。
  台枠の板は1”(25.4mm)厚で、軸箱守は内側に強固にリベット止めされています。
後に、大陸へ送るための標準軌改造にあたり、軸箱守をひっくり返して対応できたのはたまたま寸法が合ったからだそうですね。
  前端バリは1”(25.4mm)、後端バリは5/8”(15.9mm)厚、板台枠の構造が良く分かりますね。
  ランニングボードの板厚は1/4”(6.35mm)9600は最後まで網目板は採用せず、普通の鋼板だったようです。
また、ランニングボード上面のリベットは皿リベットを使用して靴が引っ掛からないように考慮されていました。

バネ装置
9600_157_158
9618から、イコライザは先台車と第1動輪が結ばれて1点、第2~第4動輪までが左右で2点の3点支持となっています。
  9600~9617は先台車から第2動輪までと、第3、第4動輪の組み合わせでしたが、9618以降、重心を前にずらして、第3動輪の最大軸重を13.67tから13.41tに引き下げて、動輪軸中の均等化が図られています。
  第3、第4動輪が下バネなのは火室と灰箱のために上バネには出来なかったようです。

バルブギヤ
9600_129_1301_stitch_50
シリンダ
9600_098_099
9600はシリンダが横に張り出しているのが特徴ですね。

連結棒
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溝が無いので薄いですね、一番分厚い第2第3間の物で1-5/8”(41.3mm)です。

次は動輪、第1動輪
9600_143_144
第2動輪
9600_144_145

第3動輪
9600_142_143

第4動輪
9600_145_146
  9600で必ず話題に上る動輪クランクの位相が左が先行しているという話題。
  動輪の図では、反対側のクランクピンの位置に丸印が書かれていますが、確かに左側が先行する形になっています、これについて、どうしてこの様になったのか考えてみたいと思います。
  9600以前の機関車はクランクの正反対の位置にバランスウェイトがありましたが、9600から左右のクランクの位置を加味したクロスバランス方式に変わったため、 第3動輪以外はバランスウェイトに角度が付くようになりました。
  この角度の向きは、反対側のクランクの側に傾くため、左右のクランクが右先行か左先行かで傾きが違ってくるため、右先行、左先行では動輪の鋳物自体が変わります。
  この図では右バランスウェイトが右に振っていますが、右先行の動輪では全く反対の形になります。
この、鋳物自体が変わってしまうというのが大きくて、この機関車の設計がどんどん進んでいき、図面を完成させる時期は戦場のような忙しさで、どこかに勘違いがあったのか、設計段階でバランスウェイトを反対に書いてしまい、そのまま製作現場に流れてしまって、木型の完成まで終わってテストショットまで行ってしまった後で左右逆で作られていることに気が付いたと思うんですよ。
このような大型で一部に体積の大きい部分があり、信頼性の高さが要求される鋳造は非常に難しく、鋳造も熟練の経験が要求されます。
テストショットの段階で、鋳造のエキスパートが試行錯誤を繰り返して作り上げたものと言えます。
その段階で反対に気が付いたとしたら、もはやもう一度1か木型を起こして鋳造をやり直すとなると、現在の大型の木型の費用を考えた場合、莫大な損失となり、工期にも影響が出ます。
  そのように考えると、左先行を変えられなかった理由が見えてきます。

  では、それまで日本は全部が右先行であったのか?
手元の資料で見る限り、国鉄系の機関車は全て右先行と考えてよさそうです。
日本に最初に来た英国製の機関車は右先行が標準で、それ以降は全部それに合わせたと思われます。
  私鉄等を調べたところ、ドイツ製の私鉄向け機関車に左先行が見られます。
これはその一例、クラウス製、花岡鉱山1,2号機です。
67546755_z452_12_a2_300
  私鉄の機関車は大抵の場合、国鉄工場でメンテナンスをするので、こういう左先行の機関車も整備していたはずで、標準のクォータリングマシンが使えないとは言え、地方鉄道に特別高価な整備費用を請求したとも思えず、致命的と言えるほど大きな問題ではj無かったように思います。

炭水車はこの系統から450立方尺の3軸車になります。
9600_450_6001_4
炭水車のタンク
9600_450_212
台枠
9600_450_201
配管
9600_450_200
このシリーズの図面はここまで。

次回は、9633の詳細写真を掲載します。

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2018年2月10日 (土)

一枚の図面から 50-4 機関車編 9600 9618-9657

9600、今回からは最初のマイナーチェンジの9618~9657を見ていきましょう。

今回は上周りの図面です。

組立図
410_1dh2_9600_012_stitch_50
このシリーズは全体から見れば少数派の40両ですが、機芸出版の蒸気機関車スタイルブックの図はこの図をトレースしたものです。

先ず目につくのは、運転室が小さくなって裾が乙型になった事ですね。
この運転室については、9600では初めて新製から後ろの妻板が付きましたが、通常の形です。

それでは、明細図の順に図面を紹介していきます、非常に古くて変色がひどい状態だったので、ちょっと見難いものですが、貴重な図面と言う事でご容赦ください。

煙室戸
9600_018_016
9618以降の図です。
後の機関車では、煙室戸の周りの内側にアスベストのリングがあって、そこで気密が保てるのですが、この図面ではそれが無いので気密を保つために、周りにクリートを付けています。

煙突
9600_050_048
9600~9651は前回紹介したものですが、9652から通風改善で2インチ太くなりました。

自動器
9600_067_066
自動器は初期の過熱式ボイラの煙室に付いていたもので、次の図の風戸を開閉するために蒸気で作用するシリンダです。

過熱器風戸装置
9600_063_062
この図は9658からの物ですが、説明のためにここに入れます。
右側は、煙室を前から見たもので、左の「A」に自動器のクロスヘッドが付きます。
レギュレータを引いていない状態ではこの図の状態で、「D」は「E」のウェイトのために上に上がってフタが閉じていて、大煙管は閉ざされて過熱管が加熱されません。(「E」の腕にも「D」が書かれていますが、ここでの「D」は下のフタを指します)
力行時に自動器に蒸気が入ると「A」の上部が後方に動き、「I」を動かして「D」を回転させてフタが開いて過熱管が加熱されます。

自動器運転装置
9600_068_067
自動器の動きを手動にするものです。

これらの過熱加減装置は後に廃止され、常に過熱が行われるようになりました。

ボイラケーシング
9600_069_069
ボイラケーシングの板厚は1/16”、1.6mmですね、全体の大きさを考えるとペラペラと言っていい薄さですね。
ボイラバンドは、2”x1/16”、幅50.8mmで厚さが1.6mmです、写真ではボイラバンドがほとんど見えないのがうなずけます。

砂箱
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空気が無いので、砂撒きは手動式です。

このグループの運転室やその他の図面はありません。

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2018年2月 2日 (金)

一枚の図面から 50-3 機関車編 9600 9600-9617

9600の初期量産タイプ9600-9617

就役後は予想以上の好成績で、箱根ではマレーに対して、牽引力は少し劣るものの、高速運転が可能で、勾配用というより高速貨物用としても使えると言う事になり、量産が決定しました。

大正3年から始まった、馬場(大津)-京都間の改良工事は大正10年に完了して、
最大25‰の勾配は10‰に緩和され、曲線も300mが廃止されたので、勾配専用機が不要となりました。
そのため、一般貨物用に増備された9600と共通運用ができるように、一部改良するとともに、炭水車を大型化することになりました。
8700の一部は東北方面に配置になりましたが、有効長を考えるとダブルボギー付きの長大な炭水車は長すぎるので、6700の炭水車と交換したのですが、残りの8700や、6700の3軸炭水車等が入り乱れて、この9600の炭水車との交換が行われましたが、最終的に8700は6700の3軸炭水車、9600は8700のダブルボギーや新製したもの、6700及びそれの改造のB50は元の物や9600の2軸、8700のダブルボギーが入り乱れたものとなりました。

前回2軸炭水車を紹介しましたので、今回は8700の3500ガロンダブルボギーの炭水車を紹介します。
87128729_3500
その他で図面的な面で改造は、運転室の後ろ妻板の追加です。
これは第2回の明細図にあった、一般用の後ろ妻板です。
9600_261_257
この図の左下部の注記に、「大正4年7月9日 9600-9617へ新設」と書かれています。
これは、それまでは後ろ妻板は無く、大正4年から新設したと言う事ですね。
これは下記の写真でも分かりますが、組立図でも分かります。
410_1dh2_9600_007
これは前回紹介した組立図の一部ですが、運転室を後ろから見ていますが、椅子等がまる見えで、前の妻板が見えています。
これは9550ですが、このようなイメージですね。
9550

それでは、数葉の写真を紹介します。
9602号の竣工写真
759602l
運転室背面の妻板が無いのが分かりますねぇ。

9600の就役間もないころ
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9600の昭和9年の姿
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各部に近代化改造が施され、炭水車は標準型の6-13型を付けています。

9603、昭和11年岡山です
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9608、ダブルボギー
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後に一般的な3軸の物になりました。

最終機9617、昭和4年撮影
96009617_1929_3200l
まだ随所に原型が残っています。

所謂一次型と呼ばれるものはここまで。
次回は9618以降です。

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2018年2月 1日 (木)

一枚の図面から 50-2 機関車編 9600 9600-9617

9600、最初のグループは1~17号、川崎造船により1913年に製造されました。

設計の陣容は、鉄道院側が工作課長島安次郎、担当は朝倉希一、川崎の太田吉松(きちまつ)がメインとなりました。

太田吉松氏は、R.F.トレビシックの2番弟子と言われていますが、9150等の図面には太田のサインがあり、一番弟子と呼ばれる森彦三のサインが入った図面は見たことがない。
神戸工場製の機関車の実質的な設計は、計算等は森がやったかもしれないけど、実際の設計は太田が担当したのではないかと思うんですよ。
川崎が森ではなく太田を招へいしたのもその証左かと思うんですよね。

川崎は飽和式の9550に続き過熱式の特許をシュミット社から購入して決定版として9600を製造しましたが、明治44年にドイツから輸入した8850の高重心のアイディアに触れて、火室の火床面積の拡大に窮していた9600をボイラを上げて、火室を動輪の上に置いて、広火室とし、火床面積も増大して新たに設計しなおしたのが、今回紹介する9600です。
この機関車の登場により、従来の9600は9580に改番されてしまいました。

実際の鉄道院の発注は、9600~9609が京都-大津間(旧線)の勾配用、9610~9617が山北-沼津間の箱根超えの勾配用としてのもので、区間が短いので、小型の炭水車となりました。

この機関車の図面は、9600としての最初の物だけですが、明細図は一部しか持っていないので、全部を掲載します。

機関車組立図、中央をテープで補修してあり、見苦しいですがご容赦ください。
410_1dh2_9600_008_stitch_50

第2回目の明細図に、このような図があります。
9600_004_002
9600_005_003
この2枚はなぜ2回目の明細図に入っているのか不明ですが、正式な組立図より後に図面番号を取っているので、量産が始まって以降に新たに書いた物とも考えられますが、正規の組立図に比べて完成度が低いので、私は計画段階の図面を残すために図面番号を取ったものかと思っています。

機関車の図面は煙突があるだけです。
9600_054_052
この煙突は、9600~9651号までの物で、それ以降の物より2”細く、化粧カバーのくびれも大きくなっています。

次は炭水車です。2000ガロン炭水車と呼ばれています。
組立図は無いので、水槽と台枠です。
9600_2000
9600_2000_1
今回はここまで。
このタイプはもう一回続きます。



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2018年1月30日 (火)

一枚の図面から 50-1 機関車編 9600 説明

このところ何かと忙しくて長らく滞りましたが、そろそろ再開いたします。

今回から久しぶりの「一枚の図面から」、今回は9600。

結構保存もされていて、有名な機関車ですが、末期の種々雑多な時期はいろいろと本にも写真等が出て人気ですが、それらの本を見ても、製造当時の姿は、数枚の同じ写真が載るばかりで、この機関車の製造時を詳しく書いた本はほとんど無いのが現状ですね。

SLブーム以降の9600は他の人に譲って、私が好きな製造時の紹介を分類を基本にまとめていこうと思います。

研究のよすがとしての基本的な資料は製造時の組立図をはじめとする図面と竣工写真ですが、9600は明細図集が、少なくとも4種類ありそうです。
私はそのうちの最も最初の物を除く3種類のコピーを所有しておりますが、最初の物は組立図と図面目録(目次に相当)のみを持っており、後期の2種類は目録がありません。

1501291_8

この目録には、図面が適用する機関車番号が書かれているので、図面と共に見れば、設計変更が行われた機関車番号が分かる訳です。

まず、最初の明細図の目録、9600~9657までの時期の物です。
410_1dh2_9600_001_stitch50
410_1dh2_9600_003_stitch50
この目録は3列になっていて、それぞれの列は、左から「項目」、「ページ」、「図面番号」、「図面名称」、「適用機関車番号」、「備考」となっています。

次の目録は、9618以降と思われますが、大体は9699までが適用範囲のようです。
9600_001_1
9600_002_2
次回から、これを元に図面を見ていこうと思います。

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2016年7月 9日 (土)

一枚の図面から 49-2 機関車編 川鉄千葉 NUS7等 川崎25t

川崎車両25tCタンク、CAD化しました。
昭和24年の図面から、写真の要素も入れた、日本鋼管121号です。
25_1l
ほぼ図面どおりですが、端バリ周りのステップや解放テコ等は写真を元に変更しました。
 
追加の写真です。
19631208_2_03_121_l
 
19631208_2_05_121_l
 
次は川鉄千葉のNUS7です。
25_2l
前後の端バリ周りが大きく異なります、また、 煙室からシリンダへの配管カバーが大きく角ばっていますね。
 
こちらは、私が保存車の取材に行きましたので、大量の写真があります。
1p1020354
 
2p1020380
 
3p1020379
 
4p1020346l
 
5p1020349
 
6p1020347
 
7p1020339
 
8p1020353
 
9p1020350
 
10p1020340
 
11p1020363
 
12p1020348
 
13p1020392
 
14p1020345
 
15p1020361
 
16p1020344
 
17p1020362
 
18p1020383
 
当日は結構な雨で、機関車の周りは冠水状態で近寄れず、周りから撮っただけになってしまいました。
まだまだたくさんあるんですが、きりがないので、他にも欲しいと思われる方は、コメントかメールくださいね。
 
次から、これの模型化設計に掛かるんですが、今回、先行してfacebookで模型化図面を発表したところ、「一度作ってみたい」と言われる方が居られたので、今回の機関車は初めて糸鋸を持つ人でも作れるように、比較的簡単に作れる事を考慮して設計し、順を追って細かな部品図まで発表して、どなたでも気楽に蒸機の製作を楽しんでいただければと思っています。
 
とりあえず、動輪があることが作る条件になってしまいますが、この機関車の模型の動輪直径は11.75ですので、11.5か12程度の動輪をお持ちの方、
近年では、エコーモデルやミニチュアスケール等が発売しています、また、日光等の11.5のスポーク車輪を改造することも可能かと思いますが、私の記事は、動輪があるものとして進めていこうかと思います。
 
この際、蒸機の自作っていかがですか?

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2016年7月 6日 (水)

一枚の図面から 49-1 機関車編 川鉄千葉 NUS7等 川崎25t

前回の900とは何の脈絡もないんですが、なんだか、久しぶりに模型を作りたくなりました。

そこで、思いついたのが、2013年に実物を見に行った、川鉄千葉のNUS7号

特に有名な機関車でもなく、歴史的な価値もそれほどない機関車ですが、日本を代表する産業用機関車で、私が最も好きなスイッチャーなんです。

この機関車は川崎のスイッチャーのラインナップ、42t、35t、25t、20t、17tのうちの一つで、25tタイプです。

25tタイプは昭和12年から製造されたもので、日本鋼管107、108-110、111-113、119-121、122-125、川崎製鉄NUS3,5-7が該当します。

初期の日本鋼管向けの機関車
Cn2t_25_2

この時代の機関車は写真があります。最初の機関車日本鋼管107号
1790107l

後の川鉄千葉NUS3
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そして、戦後、昭和24年の図面
25t_cn2t_s24624_up70_2
日本鋼管121号、図面通りです。
19631208_2_04_121_l

川鉄千葉のNUS7、製造当時
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図面通りなら、日本鋼管向けですねぇ。

さて、どうしましょうか。

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2016年6月 8日 (水)

一枚の図面から 48-1 機関車編 900

長らく本関係が続きましたが、久しぶりに一枚の図面から 機関車編、鉄道院形式900です。
平野和幸氏のTMSの昔の記事や、鉄道模型社のエッチングキットやサンゴ模型のキットなど、鉄道模型の世界では非常に有名な機関車です。
日本鉄道が1898年に山手線など東京近郊区間の列車用として、アメリカのスケネクタディ社から購入した機関車で、高加速を目指した短区間用の旅客用機関車です。
まずはメーカの竣工写真から。
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比較的大きな動輪が短軸距離で配置され、前後に導輪を配置した機関車で、終点での転車台による転向を省いた運用を考えていたのではないかと思います。
組立図
20110104015551661_001112_stitch_l
煙突やサンドドームは標準品ということで、省略されています。
動輪直径は1422mm、動軸距離は1676mmで、中央に集中した動輪が大きな特徴ですね。
この機関車の全体図面は、もう一セット、構造図があります。
20110104015551661_006869_l
20110104015551661_000910l
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火室は火格子が非常に大きい広火室で、発熱量の少ない常磐炭を大量に焚いて所定の性能を引き出すようになっています。
火室の測下部に真空ブレーキシリンダがあります。
先台車はリンク式復元装置、従台車はリンク式ですが復元は先台車より弱くなっています。
イコライザは先台車から第2動輪までを結んで一点として、従台車が左右で2点となっています。
 
ボイラ
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全体的に短いボイラですね。一部欠けています。
運転室
20110104015551661_004041_l
広くて居住性は良さそうですが、暑かったようで、後に通風穴が開けられました。
ここまでは特に変わった図面ではないのですが、図面集でこれから紹介する2枚の図面を見つけました。
火室
20110104015551661_005859_l
運転室改造図
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火室、 運転室改造図とも、広火室が一般的な火室になっています。
運転室改造図では、広かった火室の下半分が狭くなったためにそこに板を当てるものとなっています。
この図面は改造図ということなので、火室を一般的なものに改造した場合の図面と考えられます。
この件については、これまでの研究書では一切触れられていないのですが、国鉄の形式図によると、924号のみ火格子面積が小さくなっているので、それの図面と思われます
 
次は写真を載せます。

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2016年1月28日 (木)

一枚の図面から 47 図面あれこれ

  前回のお話で、ちょっと図面の事を書いたので、今回はその図面の事についてちょっと語ってみようと思います。

  私の本業は図面書きなんですが、この仕事に手を染めるきっかけは、小学生の頃に出会った中尾豊氏のスタイルブックだったと思います。
  その後、機関車の系譜図等で精密な組立図を見るに及んで、スタイルブックが組立図から書かれたことを知りました。
  それ以降、出版物等によって図面探索の日々を過ごしたわけですが、新しい図面や資料に出会うことはまれな事だったんです。

それが一気に進捗したのが・・・・・内緒ですよ。

  さて、鉄道に限らず、工業製品として製造されるものには、例外はあるとしても一般的には図面の上で設計を進め、その結果、設計者の考えを物を作る作業者に伝えるためのコミュニケーションツールとして図面を書くわけですが、その図面は誰が見ても同じように理解できるように一定の約束事があり、現在はJISの製図規格というもので定められています。
  私などはそれに準拠して図面を書くわけですが、趣味の世界では、何十年も前の図面とか、海外の図面等を見る機会が多いわけですが、100年以上前の海外の図面でも全く問題なく読む事が出来るんです。
  そういうことで、現在の製図規格は基本的に産業革命の頃に確立した方式が元になっているんです。だから、100年前の図面でも全てが揃っていれば、今でも同じものを作る事が出来ます。

   模型を自作する場合には、機関車の系譜図等に掲載されている組立図と呼ばれる図面を元にすると思いますが、この組立図とはどういう図面でしょう。
  図面は、地図で縮尺が違うように、大きなものから小さい物まで親子関係というものがあり、実際に物を製作する図面は、親子関係の最下層にある物なんです。
  その製作図の上には、製作図で作った物を組み立てる図面があり、その図面では基本的に物は作らず、部品を配置して、組立をするためのボルト等の手配をするための図面となります。それが組立図と呼ばれるもので、その組立図で作った部品を集めてさらに大きい物を作る組立図があります。それがどんどん積み重なって、最上部にあるのが「総組立図」です。これが良く見る機関車組立図と言う事です。
  こう書いてもなかなか理解できないと思いますので、一例を紹介します。
まず最下層の製作図として、「車輪」の製作図、それに「車軸」の製作図・・・それらの組立図が「輪軸組立」、それに「バネ組立」「台車枠組立」「枕梁組立」・・・・それらの上に「台車組立」があります。それに「台枠組立」、「炭水庫組立」等が集まって「炭水車組立」となります。それに「機関車組立」が加わり「機関車総組立」という訳です。
  このようになるので、物を作るには多くの図面があり、細かい部品図等を合わせると1両の車両に数千枚もの図面が必要となります。

  1枚の図面は正面図、平面図、側面図というように、物を各方面から見た図を書いて形が把握できるようになっています。
  一例として機関車組立図では真ん中に機関車を横から見た側面図、機関車が左を向いている場合は、その左に高さ等をきっちり合わせた正面図、これは機関車を前から見た図になります。側面図の右には機関車を後面から見た部を書きます。側面図の上には機関車を上から見た平面図があります。それらに加えて、必要に応じて断面図等を書きます。
この考え方は一例で、日本の昔の図面や海外等では模擬に正面図を書くものも有ったりしますがちょっと見ればどういう書き方をしているのかはわかります。
一部の本等で、せっかく組立図を載せているのに、スペースの都合か側面図だけしか載せていない場合を見ることがあります。これでは切り絵細工を見ているようなもので、立体にはならず、必ず他の図も載せるべきと思います。

  国鉄では、車両の整備のために、車両が配置されている機関庫や工場等に配布するために図面を印刷した図面集を作っています。これはある程度広範囲に配置される車両の場合で、両数が少ない物や配置が限定される物などは図面集を印刷しないで、図面を一枚一枚コピーして、関係施設が所有します。もちろん本部には全部の図面の原紙とコピーが保管されるのは言うまでもなく、設計担当がそれらの図面を見て、改造等の設計をします。

  研究者としては、1両の車両に対しても、組立図1枚ではなく、出来るだけ多くの図面があれば良いわけで、上記の図面集があれば言う事なしと言う事になりますね。

  では、組立図1枚ではなぜだめなんでしょう?
  物を作るのは部品の製作図で、その上の組立図は、多少形が違っていても組み立てさえ出来れば良いと言う事です。だから、製作図に不備があって作る段階で設計変更した場合、製作図はちゃんとした形に書きますが、組み立てるだけの組立図は、細かい違いなどではいちいち変更しないことが多くあったんです。
  現在のCADでは図面の修正は至極簡単ですが、トレーシングペーパー等、扱いのデリケートな用紙に墨入れで書かれた図面は、消すのが容易ではなく、修正は必要最小限に留めるという傾向にあったんです。
  それは上位に上がるほど多くの変更が集積することになり、全体の組立図に全てが反映されると言う事自体珍しいとも言えるんです。

  そういう訳で、元が組立図しかないもので、それを元に新たに組立図を書く場合、残された製造時の写真とは異なっている部分が少なくなく、多くの矛盾に直面することになります。

本当に長々と書いてしまいましたが・・・

  前回までの機関車史研究会の出版物の巻末にある組立図は、単に元の組立図をトレースしたものではなく、そういう矛盾点を徹底的に究明して仕上げた図面なんです。

  今日現在、近藤一郎さんは、刊行予定の「ボールドウィンの機関車落穂拾い(仮題)」に載せるべく組立図を作図中です。
それがこれ、まだまだ未完です。
1601264_2

  この図面ってどこかで見たことが・・・って思う方も居られるでしょう、この機関車は豆相人車鉄道から熱海鉄道に変わって初めて導入したボールドウィン製の最初のへっつい機関車で、元になるメーカーの組立図が、RMライブラリー160号、湯口徹氏著、「へっついの系譜」に出ています。
  この機関車の組立図作成にあたり、元図では寸法の矛盾や不明な線等、何度か議論したんですが、他の図の例にもれず、苦労しておられます。
  まぁ、苦労とはいえ、一枚の図面を仕上げるまでには多くの不明点や矛盾があり、それらを納得がいく形で解明できた時には達成感があり、結構楽しい作業です。
私も書きたいんですが、時間がなかなか・・・

  近藤さんは今はCADで作図されていますが、以前はマイラー紙に手書きをされていました。鉛筆で下書きし、ロットリングで墨入れします。
  金田さんは、ロットリングではなく、烏口で仕上げをされていたそうで、インクの補充や常に先端の研磨をする必要があり大変だったと想像します。
  近藤さんもそうですが、破線や一点鎖線等の交点は線で交差させるという面倒なやり方で書かれています。私も手書きの頃はそのように心がけましたが、仕事では時間を掛けられないので、なかなか実現できないものでした。
CADの時代になって、そういうことは出来なくなりましたが、図面自体はずいぶん楽に書けるようになりましたねぇ。

さて、次は何を書きましょうか。

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2016年1月 8日 (金)

一枚の図面から 46 機関車編 9850-7

9850、最後は炭水車関係ですね。

ヒ 1 TENDER GENERAL ARRANGEMENT 炭水車組立です。
1
ヒタ 1 FRONT AXLE BOX 固定軸の軸箱
2_3
ヒタ 2 BOGIE AXLE BOX ボギー台車の軸箱
1_4
ヒタ 3 AXLE BOX GUIDES 固定側の軸箱守
3
ヒナ 2 BRAKE SHAFT, LEVER & RODS 炭水車ブレーキ部品
2_2
ヒナ 3 BRAKE CYLINDER BRACKET ブレーキシリンダ受
3_2
ヒナ 4 SHAFT, LEVERS AND RODS FOR HAND BRAKE 手ブレーキ部品
4
ヒナ 7 BRAKE BLOCK HANGER ブレーキシューとハンガー
7
ヒノ 1 DRAW GEAR 牽引緩衝器
1_3
9850の図面は以上です。
鉄道史料107号記載の図面を省いたので、主要図面が少ないものとなりましたが、このブログと鉄道史料の図面を合わせると、かなり充実した図面集となります。
鉄道史料には当然入るべき重要な図面もこのブログで補完できたと思っております。

ちょっと長いシリーズでしたが、やっとマレー機関車が終わりましたので、次回はちょっと気分を変えましょうか。

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