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2017年2月 7日 (火)

全盛期の山陽鉄道 7

 全盛期の山陽鉄道 4の編成表で、蓄電池車を除いて郵便車を1両目として、2両目と4両目は3等車です。

 ここから後ろは、鉄道時報の記事でも大した記述は無いので、廃車になるほどの被害ではないように思いますので欠番には頼れませんね。

 3等車は種類が多くて特定が難しいですねぇ。
まぁ、独断と偏見で、私なりに形式を特定していこうと思います。
 山陽鉄道を代表する列車なので、3軸ボギー車を使ってると思いますが、36年初頭で3軸ボギーの3等車といえば、この3種類だけなんです。
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 これはちょっと古いんですが、913-919の内で、これだけが3軸ボギーに改造されたものと思われます、これ以外は最後まで2軸ボギーだったようです。
 このシリーズで特筆すべきは、中央部の幅広ロングシート状の物、これはなんと!お座敷だったようです。
たった1両なのと、31年製でちょっと古いのとで、この列車に使われた可能性は低いと思われますが、可能性は無いとはいえませんね。

 この写真は撮影者不明です。
 昭和29年まで国鉄に残った元ホハ8401ですが、実は「全盛期の山陽鉄道 1」で紹介した、簡易寝台付き3等車の最後の姿なんです。大体の外観は同様と思われます。
9821

もう1枚、やはりホハ8400形、番号は不明です。
8400l

 これは34年製、下関までの全通年の完成で、両数も5両で、この編成に2両使うと上り下りで4両使用で予備車1両と言う事で、可能性は高いと思います
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 これは翌5年製造ですが1両です、予備車を神戸と下関に置くために予備を増やしたのか、単なる増備か・・・
 事故の時に郵便車にのしかかられたので、廃車になった車の代替?、1年も経ってるのでそれはないね。
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 3両目は2,3等合造車です。
 これは36年現在これしかありません。
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 4両目は上記の3等車

 5両目は食堂付き1等車、これも1形式のみです。
 山陽鉄道最初の食堂車、ってことは日本最初の食堂車はこの車なんですが、昼行のこの列車の食堂は1等との合造で、他は1等寝台との合造車ばかりがしばらく増備されました。後に他の等級との合造が出来ましたが、この時点で寝台以外と合造の食堂車はこれが唯一だったんです。
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 6両目は2等車、36年当時、3軸ボギー車は4形式ありますが、数の形式のみは34年製で4両あり、他は30~32年の製造です。
206

いよいよ最後は3等緩急車、36年当時は、これのみです。
226
これではないのですが、少し後の製造、元ホハフ9670号。
8805l

蓄電池車と郵便車は欠番から推察し、それ以外は34年製造の物を主として選定してみました。これで合っているかどうかは分かりませんが、皆さんも想像してみてください。

貨物列車の方はさっぱり分かりませんので省略します。

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