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2017年2月 3日 (金)

全盛期の山陽鉄道 5

山陽鉄道の事故列車、機関車に続いて客車です。

機関車の次は蓄電池車。
山陽鉄道では、列車の電灯化が盛んで、ボギー車の編成は全部電灯化されていたようです、電源供給は、当初は小型の有蓋車に石油発動機と発電機を積んだものと、蓄電池を積んだものとを作ってテストを繰り返したが、発電式は故障が多く、34年には蓄電池方式に統一された。

蓄電池車は形式図を見ると意外に多くて、36年時点(事故以降)で34両も居ります。
 そして、特異な特徴として2軸ボギー台車を一台固定して2軸車にしたものがあります。そして、手ブレーキのみを装備したものと、それに加えて真空ブレーキを備えたものがあります。
真空ブレーキ付きは25両あり、高速列車にはこれを使用したと思われますね。
 事故では大破したので、おそらく廃車にしたと思われ、当時の番号で欠番があれば、それが事故車となりますね。
 当時の蓄電池車の番号、313-316、317、318-324、325、326-338、339、340、354355、356欠、357361585586です、下線は真空ブレーキ無しです。
この中で、番号が一つ飛んでるのは356号だけのようです、後ろの方は番号が飛んでるので、それらも考えられるので、単に可能性があるという程度です。

山陽鉄道の蓄電池車の全貌です。

国有鉄道100年史第4巻から、番号等は不明です。
Photo

 番号は見えませんが、側板手前に書かれているのは「蓄電車第四号」と書かれているように見えます、真空ブレーキを備え、軸受は普通の2軸車と同様のようです、妻には桟板があり、取っ手が見えるので貫通扉になっているようです。端部の屋上には何かあるようですが、よくわかりません。
 蓄電池車が313号から始まったとすれば316号と言う事になるかもしれません。
それの形式図。明治44年、客車略図から、形式チク4500です。
449
真空ブレーキ付きで、ホイールベースも長く、高速向きと思います。

次は最も有名な写真、214形585号です。車両の80年から、形式チク4525です。
585450
兵庫工場製で、同じく兵庫工場製のミッドランドタイプの2軸ボギー台車を固定して使っているようです。
全長の割にホイールベースが短く、高速では蛇行動を起こしやすいように思いますが、手ブレーキのみで、高速列車には使ってなかったと思われます。写真では屋上に何か見えますが、普通のランプカバーより大分低い「何か」が付いています。

写真は上記2枚だけで、ここからは形式図のみです。
形式チク4530です。これは4500と同様真空ブレーキ付きです。真空ブレーキ付きは、4500とこの4530だけです。兵庫工場製と書かれていますが、山陽鉄道の記録ではオールドベリー製となっています。
451
形式チク4532です。4525と同様ですが、屋根はRです。
452
形式チク4534です。最後のグループで、事故以降の43年にに作られたようです。
453
蓄電池車は以上です。
今回の事故車は、356号、後の4500か4530になったものと同様と思います。

他の客車は次回ですが、さらっと済まそうかと思います。

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コメント

いつも楽しみに拝見しています。

1枚目の画像ですが、「とれいん」No.141 に鮮明な写真が掲載されていますよ。車番は「357」と読み取れます。他に「重量七噸」「容積五噸」、自重の標記もありますがこれは読み取れません。図面448のチク4500形で間違いないようです。ちなみに次位は「蓄電車第二號」。

増トン工事前の、明治期の種々雑多な貨車に特に食指が動いてしまいます。

投稿: 通りすがり | 2017年2月 3日 (金) 19時00分

通りすがり様
ありがとうございます。とれいん141号確認しました。
357号は後のチク4523で、真空ブレーキはありません。床下のシルエットを確認してもブレーキシリンダとそれに付帯するてこ類は確認できませんので、手ブレーキのみのようです。
真空ブレーキホースは、この当時、山陽鉄道では真空ブレーキが非常に普及していて、このホースは単に貫通管だと思います。
また、混合列車も多かったので、普通の貨車でもこの貫通管があるはずです、この写真の後方にある普通の有蓋車にもホースが見えていますが、これも同様です。
貫通扉は当然必要で、当時の蓄電池はガスが発生するので、人が常駐するのは危険と思われますが、発電式に比べたら故障は少なくなったとはいえ、トラブルがあって照明が消えてしまったようなときに、客車に居る乗務員が点検に行くための貫通路と思われ、蓄電池車には全部貫通してたと思われます。とれいんの写真では鮮明で、屋上に箱が見えますが、これは蓄電池のガスの排気用のベンチレータと思われますが、この箱から何か線のような物が出てるので、電源線の接続箱かもしれません。
増トン工事は興味深いですねぇ。
資料保存会は復刻していませんが、大正14年版の貨車形式図は増トン前後の図があるのでわかりやすいです。
どこまでも興味が尽きないですね。

投稿: クラーケン | 2017年2月 4日 (土) 03時05分

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