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2017年1月26日 (木)

全盛期の山陽鉄道 2

山陽鉄道、ここからが本題です。

明治34年、馬関(翌年下関と改称)まで開通し、神戸-下関間を全通させた山陽鉄道は、直後に時刻改正をし、最急行も下関まで到達しました。神戸-下関間の所要時間は12時間35分を要しましたが、当時は日本一の速さを誇ったものです。

その次に満を持した大きな時刻改正をするために35年12月24,26日に神戸-下関間で試運転を行いました。当時の新聞によると、神戸-下関間を11時間15分で運転する目的で、直線区間の最高速度は60マイル/h(96.6km/h)に達したそうです。

その試験結果を踏まえて、満を持して時刻改正したのが36年1月20日だったんです。

この時の改正の目玉は、最急行の高速化。
京都発の最急行の神戸-下関間の運転時間は、下りは11時間30分、上りは11時間20分となりました。

では、その内訳です、現在の普通列車を乗り継いでいった場合も併記します。
先ずは下り
Photo

上り
Photo_2

 現在、快速等を使えばもっと早いのですが、できるだけ近い時間に出発する普通列車を最短で乗り継いでこのようになりました。思ったほどの差がありませんね。

上り広島‐糸崎間には、いわゆる瀬野八と呼ばれる難所があり、勾配用の機関車に付け替えますが、瀬野‐八本松10.6kmの区間で、22.6‰勾配に300mカーブが連続する区間を32分、19.9km/hで走破します、
 列車全体で驚くべきは、機関車を4回も交換して、交換駅の停車時間は最短6分と驚異的な交換時間、途中で給水はしないのか、他の停車時間も非常に短いです。
 また、この区間の大方はまだ単線であることも考慮に入れると、この運転時間を達成するのにどれほどの苦労があったかと想像します。

その、最も大変な状態の時に最急行が事故を起こしたんです。

以下、次回

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