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2016年5月

2016年5月29日 (日)

一冊の本 客貨車諸部名稱圖解 11

客貨車諸部名稱圖解、今回はブレーキ装置です。

図77 二軸緩急車のブレーキ装置
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部品は手ブレーキ関係ですね。

図78 ブレーキ装置部品
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図79 妻取付部品
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1番は手ブレーキハンドルカバー、2は妻手すり、3は ステップ 、4は標識灯掛けです。
その標識灯掛けは、明治33年から昭和3年の廃止まで使われた、後部の上下の標識灯に使われたものです。
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別府鉄道廃止まで倉庫として存在したワフ101にはまだ残っておりました。

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元々は左右にあった物です、上の左、下の右は失われていますが取付穴は残っています。

図80 手ブレーキ装置
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図77より簡易な構造の手ブレーキ装置です。

図81 真空ブレーキシステム図
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左端は機関車、その右は炭水車、右は客貨車で車掌弁付き。

図82 真空ブレーキ付2軸客車のブレーキ装置
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図83 真空ブレーキシリンダ
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図84 真空ブレーキシステム部品
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16~20はVAN VALVE(車掌弁)です。

図85 車輪周りのブレーキ部品
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これは説明の必要ないですね。

今回はここまで。
次回、諸設備で終了です。

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2016年5月26日 (木)

別府鉄道キハ2の保存活動に参加しました

22日は加古川市円長寺近く、旧別府鉄道円長寺駅跡に保存されている、別府鉄道キハ2の保存活動に参加してきました。

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  別府鉄道廃止からもう32年、屋外展示で車体裾部の腐食や木製の窓枠の腐食や窓ガラスの破損によってかなり荒廃が進んでいます。

  しかし、現物が残っているという事の重要度はゆるぎなく、現存する機械式気動車という事で、加悦鉄道のキハ51,101とともに非常に貴重な存在です。

  別府鉄道廃止時にはもう2両の気動車がいましたが、キハ3は佐久鉄道時代に復元されて長野県で保存されていますが、別府鉄道時代とは全く違うデッキの無い姿となってしまっています。
  もう1両のキハ101は別府鉄道で一番最後に入線した車両で、別府で保存されていましたが、荒廃のため数年前に解体されてしまいました。
  そのような訳で、現在別府鉄道の気動車の姿を見ることができる唯一がこのキハ2なんです。

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  近くで見ると、車体の裾は修復がだいぶ出来ているんですが、ウインドシルの腐食が目立ちますね。
  窓は、窓枠の腐食が進んで窓ガラスも割れてしまっているのでプラシートで覆っている状態です。
  金属部分の修復はかなり進んでおり、次の段階として窓枠の修復に掛かるべきという事で、腐食が進んだ窓枠を新製するため、私に窓枠の設計が下命されました。

  比較的状態の良いものを実測し、図面を作成しました。
最初は一番状態が悪い、側の2段窓です。
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  作成コンセプトは、予算が無いため、修復メンバーの手作りが可能という事で、日曜大工程度のレベルで製作可能という事で設計しました。
これ以外に5枚の部品図を書きました。
この後、市販でどのような材料が手に入るか等、調査して試作まで行こうと思っています。

  さて、このキハ2、現役時代の紹介です。
まずは竣工図。
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元三岐鉄道キハ5ですが、三岐鉄道時代のものはありません。

私が撮った最初は1972年で、緑とクリーム色の塗り分けです。
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この時は車庫に入っていました。

次に撮ったのは1977年、ピンクとクリームに変わっています。
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反対側、これは1982年撮影です。
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同じく1982年
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1977,1982年の写真は全部野口駅ですが、この駅は国鉄高砂線の野口駅との共用駅で、国鉄加古川からの列車と同時に発車する姿が見られました。
1977年
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この時は、別府鉄道がほんの少し早く出てしまいました。
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野口駅のショットをもう一枚
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高砂線の列車を待つキハ2
大きなポプラの木が良かったなぁ~

今は都会になってしまって、面影はホームの一部がモニュメントとして残っているだけです。

ほかにも撮ったけれど、ネガを貸してしまって帰ってきませんねぇ・・・

「旧別府鉄道キハ2号を守る会」、
この保存活動に興味をもたれる方は、ぜひご覧ください。
これまでの保存活動の様子を見ることができます。
http://tvinagawa.net/?page_id=210
ご興味を持たれた方は是非ご参加ください。

修復予算が絶望的に不足しています、下記から寄付をしていただければありがたいです。
http://tvinagawa.net/?page_id=1140

皆さんのご協力を期待いたします。


汽車好きクラーケン、別府鉄道関連はこちら

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2016年5月21日 (土)

一冊の本 客貨車諸部名稱圖解 10

客貨車諸部名稱圖解、今回は連結器から。
図69 連結器 引棒
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大正14年の自動連結器への一斉交換以前の本州の標準的な連結器で、次図の緩衝器と共に使います。
参考図
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フックの後ろの棒はずっと後ろに伸びて、車両の中央で継ぎ目を設けます(3,11および12,13)、その前後の横ハリ部に8~10の緩衝装置があります。
ボギーの場合は前後を通してはいません。
図70 連結器 緩衝器
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端バリの左右に4フィートの間隔で取り付けられています。
5が端バリに取り付けられ、2,3が前後に動きます。
5の中には6のたけのこバネがあり、これで緩衝します。
14から16はステップの受けです。
図71 引っ張りネジ
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図69の2番の穴に本図の5番を差し込んで組み立てます。
2番はターンバックルになっていて、上下で右と左のネジになっていて、7,8を回すと上下のリングが伸縮します。
10から14のチェーンはねじを締めた上に引っ掛けて安全策としています。
図72 鎖掛け
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車両の妻板下部に付くフックで、図71のネジを回している時に鎖を一時掛けておくものです。
 
図73 自動連結器
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ジャーニー式と呼ばれるもので、北海道では各種の自動連結器がありました。
 
参考に大正9年発行の「各種自動連結器名称録」から写真を紹介します。
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「ゼニー式」と書かれているのがこれです。
この本もいずれ紹介したいですね。
 
図74 自動連結器取付
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北海道の有蓋車に取り付ける図面です。
後のものより低く、連結器中心高さは26.5インチ(673.1mm)です。
次は車輪です。
 
図75 輪軸
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図76 タイヤ断面
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輪軸に関しての説明は、この時代の本を紹介しようと思います。
「客貨車の話」大久保寅一著、大正15年第2版より
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大正時代末期の本ですが、明治からの客貨車も開設されていて、非常に興味深い本です。
上記、連結器の本と共に紹介したいですね。
次回の客貨車諸部名稱圖解はブレーキです。
 

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2016年5月17日 (火)

一冊の本 客貨車諸部名稱圖解 9

客貨車諸部名稱圖解、貨車の続きです。

図56 冷蔵車
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図57
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これは、日本で2番目に作られた冷蔵車、レソ210ですね。
当初レ11~30として作られ、明治44年にレソ210となって、昭和3年にレ1の6~12になったと「RMライブラリー27」に書かれています。

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貨車はここまで。

次はボギー台車です。
図58 4輪ボギー台車
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所謂ミッドランド型と言われるものですが、「レイル16号」の吉雄氏の記事によれば、明治33年から作られたもので、明治33年式と呼ぶそうです。
この項で私がグループ分けした、「明治30年型」で採用されたものが多いですね。

図59 4輪ボギー台車部品 1
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番号1の2種と、3番はどれもボルスターハンガーとなってるので、違う台車のものが入ってるようです、この台車のものは1の右側の方です。

図60 4輪ボギー台車部品 2
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番号10と11は下揺れ枕、10の両端のくぼみに59図の2番がはまります。
その他の部品はブレーキ部品ですね。

図61 6輪ボギー台車
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これは「明治39年型」客車に使われた台車で、台車も「明治39年式」と呼ばれています。
この後の3軸台車に採用された側受のアーチ形の梁のないシンプルな構造で、山陽鉄道が作った台車を元に作られたと吉雄氏の記事に書かれています。

大正3年版追録の形式図所載の図

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図62 6輪ボギー台車部品 1
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番号2~7は前後の上揺れ枕を結ぶアーチバーですが、これが官鉄の特徴を表しています。
8,9,10は上揺れ枕、11,12,13はした揺れ枕です。

図63 6輪ボギー台車部品 2
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図64 6輪ボギー台車部品 3
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22のイコライザは、縦横比が狂っていますのでご注意ください。

図65 6輪ボギー台車部品 4
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ブレーキ関係ですね

図66 貨車用のアーチバー台車
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図67 ボギー台車のバネ
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図68 2軸車のバネとバネ受け
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次からは連結器です。

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2016年5月13日 (金)

一冊の本 客貨車諸部名稱圖解 8

久々の客貨車諸部名稱圖解、今回からは貨車です。
図43 有蓋車、この本のグラビアにある物です。
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元々5~7トン積みですが、大正時代に増頓工事を施工されて10トン積に統一されて、形式も「ワ50000」から昭和3年に「ワ1」となって、戦後まで国鉄で走ってました。
貨物鉄道博物館で保存されています。
5490p1050341

図44 有蓋車部品
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各部品がどこに使用されているのか、探してみてください。
図45 無蓋車
1914_135_45_2

明治の標準的な無蓋車です。
有蓋車同様、大正時代に増頓工事を施工されて10トン積に統一されました。
増頓後も元の形式で、昭和3年に「ト1」(初代)となって、戦後まで国鉄で走ってました。
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これも貨物鉄道博物館で保存されています。
246p1050534

図46 無蓋車部品
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図47 ボギー有蓋車
1914_139_47

北海道で使用されたものです。
これでしょうか
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これかもしれません
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北海道では線路の規格が低く、軸重の関係で初期からボギー車が発達しました。
図48 ボギー有蓋車の引戸
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図49 ボギー無蓋車
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これも北海道で使用されたものと思われますが、形式を特定できません。
図50 当時は材木車と呼ばれていました。
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ちょっと違っていますが、この辺りと思われます。
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荷重10トン、「チ」ですねぇ、けど、昭和3年まで持たなかったようです。
図51 ボギータンク車
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これは日本の物ではないようです。
図52 ボギー無蓋車
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これも図49と同様、北海道で使用されたものと思われますが、形式を特定できません。

図53 側開き式石炭車
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これは日本の物ではないように思うんですが、真空ブレーキとバッファ、日本の物の可能性もあります。
図54 底開き式石炭車
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これは元九州鉄道の物です。
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図55 ボギー石炭車
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これも日本の物ではないように思います。
今回はここまでとします。
一冊の本 客貨車諸部名稱圖解 7

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2016年5月 9日 (月)

白馬へ行ってきました

このところ忙しかったこともあって、どうも気分がすぐれなかったのですが、ゴールデンウィークを利用して、白馬の「どぶちゅー」さんの所へ行ってきました。

タンポポや水仙に囲まれて、ビールを飲みながら歓談します。
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私の地元より1か月ほど前の気温ですが、日なたは暖かくて本当に気持ちいいんです。

今回は1周6キロの湖の周りを散策しました。
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木立に囲まれた道を進みます。

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まだ、山桜が咲いていて、白銀の山々を見ることが出来ました。

精神面のストレスはきれいさっぱり消えてしまいました。

帰ってきたら、H御大から、「作っていた自作の4-4-0が完成した」と電話がありました。
さて、私は何を作ろうかな。

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