« 一枚の写真から 34 5600,5625 | トップページ | 一枚の写真から 36 7080 »

2015年9月 1日 (火)

一枚の写真から 35 東武鉄道B3

  BEYER PEACOCKの機関車、大体製造年代順で来ましたが、5600つながりで、いきなりこのメーカー最後の輸入機関車です。

  東武鉄道は1912年にBALDWINから輸入したD1に引き続き1914年に6両輸入した機関車がこのグループです。この時期東武鉄道は特に路線が増えたわけではないのですが、飛躍的に複線化が進んだ時期ですので、その関連の増備と思われます。

  基本的に国鉄の5600を元にしてるとは思いますが、寸法的には下回りが全体的に大型になり、動輪も5フィート(1524mm)となっています。
  1914年製というと、国鉄では9600,8620の時代ですが、この機関車はスティーブンスン弁装置、飽和式ボイラーと旧態依然ですが、この機関車もその影響を受けたのか、フロントデッキ周りに国鉄型の影響が見られます。

それでは竣工写真から、30号です
583730north_western_museum_l

5600に比べてランニングボードがすっきりして好ましいデザインですね。
機関車の全長は5600より伸びていますが、炭水車が短く、機関車全長ではこの機関車の方がわずかに短くなっています。日本の機関車のベルペィア式火室の最後の形式ですね。

組立図
2931_077184048_a0_150l

5’動輪は日本に来たこのメーカー唯一ですね。

写真はたくさんありますが、数点紹介します。
29号、戦前の写真、改造点は連結器、炭水車の増炭くらいでほぼ原形です。
583629l

同じ機関車の昭和25年の姿。
292l

最終期の姿
583629_l

30号は竣工写真以外ありませんので31号です。昭和10年
58383119350000l

戦後の早い時期です。
58393219140000l

33号の写真はありません、
34号です。平野和幸氏の写真
58413419510324l

東武鉄道の蒸気機関車は「図面資料集成 東武鉄道の蒸気機関車」石島治久著、に詳しい解説と美しい図面がありますので、ぜひご参照ください。

 

さくいん 1  国鉄
さくいん 2 私鉄、海外
さくいん 3 模型、その他

|

« 一枚の写真から 34 5600,5625 | トップページ | 一枚の写真から 36 7080 »

一枚の写真から 機関車編」カテゴリの記事

一枚の写真・図面から」カテゴリの記事

私鉄」カテゴリの記事

蒸気機関車」カテゴリの記事

コメント

5600や東武30系は4-4-0ですが、客車より貨物列車が似合いますね!

投稿: ゆうえん・こうじ | 2015年9月 1日 (火) 21時20分

明治時代は4-4-0でも結構客貨両用で使ってたらしくて、6200は牽引力が強くて重宝だったと何かの本で読んだことがあります。

投稿: クラーケン | 2015年9月 2日 (水) 02時02分

模型では4-4-0は非力なので、貨物列車には向かないとつい考えてしまいます。実物では結構牽いたのですか!そういえば明治時代では9200以外のコンソリは全部運炭路線にしか投入されていないですね。

東武30系蒸機のフロントデッキまわりのデザインは、私は好きになれないです。同年代の欧州型蒸機もこういうデザインが多いので流行だったのでしょうね。

投稿: ゆうえん・こうじ | 2015年9月 3日 (木) 09時03分

4-4-0は大型機が多く、ボイラーが大形なので、軸重も重いので牽引力もそれなりに大きかった物と思います。ニールスンの6200はダブスの6270に比べて牽引力が大きかったという記述も読んだ事があります。同じ寸法で作られていたと思われるのに不思議ですねぇ。

投稿: クラーケン | 2015年9月 4日 (金) 10時48分

東武が好きなので、非常に面白く拝見しました。
32号の写真ですが、最後尾にガソリンカーがつながっています。
これはおそらく上州鉄道(1937年に東武に買収され、小泉線)のキハ1か2、いずれかではないかと思います。ヘッドライトがついているのでガソリンカーとして生きていた時代と思われ、するとこの写真は戦後でなく、1937年以降、ガソリンカーが使えなくなる戦争末期以前の写真ではないかと思われます。
キハ1、2は日産工業に譲渡されていますが、その年月は不明です。
また、上州鉄道は東武の機関車を借りて貨物輸送をやっていましたが、32号は空制化されていますので、昭和10年代中頃以降かなあと考えています。
もやもやしていることをそのまま書いてしまいました。

投稿: 低N | 2015年11月 4日 (水) 11時51分

しかし、低Nとはひどいですねぇ。
「高級Nゲージャー」で高Nで良いのではないですか?

32号の写真、申し訳ありません。なぜか戦後の早い時期と書いてしまいましたが、この写真は島崎英一氏撮影で、普通はデータ名に撮影年があるのですが、この写真の場合、それが1914となっていました、1914年と言うことはありえないので、なぜか戦後と書いてしまいましたが、ひょっとしたら昭和14年の間違いかもしれませんね。

投稿: クラーケン | 2015年11月 5日 (木) 01時44分

初対面で「オレ、鉄コレ2000両あるんや。ジブンはぁ?」と聞かれた結果勝負がつき、「低N」というあだ名になりました。結構気に入っています。

さて。
標識灯に灯火管制用のフードがついたのが、東武の場合昭和15年以降であるようなので、昭和14年はいい線かも知れません。無蓋車2両しかつながっていませんが、昭和16年になると西小泉に中島飛行機小泉製作所ができてその輸送で大わらわになったようです。

投稿: 低N | 2015年11月 7日 (土) 01時18分

私もヘボサルに付けられた「クラーケン」怪物の意味ですが、結構気に入ってます。
限られた情報から色々と推理して、新たな発見、楽しいですねぇ。

投稿: クラーケン | 2015年11月 7日 (土) 03時18分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1974466/61410651

この記事へのトラックバック一覧です: 一枚の写真から 35 東武鉄道B3:

« 一枚の写真から 34 5600,5625 | トップページ | 一枚の写真から 36 7080 »