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2015年8月27日 (木)

一枚の写真から 34 5600,5625

日本鉄道が、発熱量が低い常磐炭を使用するため、1899年と1900年に5500を元にボイラを少し大きくし、火室をベルペィア式として火格子を大きくした機関車を増備しました。

両数は18両を数え、5500に比べてランニングボードが高いのでかなり印象が違います。
また、前妻に入口を設けたアメリカ式のキャブも変わっています。
大きな火室を避けるため、台枠が下に大きく湾曲しています。

メーカー写真
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組立図
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明治時代
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戦後、1953年から1959年まで東武鉄道3号(Ⅱ)として活躍した元5605号
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この機関車は鉄道聯隊に移管された機関車で戦後新京成電鉄の建設用に使われた後東武にきて、ここで終焉を迎えました。

5600のうち、1927年に7両が樺太鉄道に移管されて、後に樺太庁鉄道になり、1943年に国鉄に買収されて、残存の3両が新たに5625という形式が付けられました。

樺太庁鉄道時代の43号の写真が有ります。
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5600と5625は以上です。

 

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コメント

5600は怒り肩?のベルペィア式は魅力的ですが、反面ランボードが一直線で、シリンダーとキャブの下でちょっと曲がっているのは私は好きではないです。模型的にはランボードが高いのでサイドロッドとの当たりで泣くことはないので作りやすそうです。ランボードはこの後やってきた東武34号機(萩中公園保存)になるとシリンダー上での傾斜もなくなるので、ランボードの一直線化というのが、この時代の機関車デザインのトレンドだったかもしれないですが、私は5500の第一動輪の前できゅっと曲がったのが好きです。キャブやサンドドームも鈍重な感じを受けますね。5500が競走馬だとすると5600は農耕馬の印象を受けます。

投稿: ゆうえん・こうじ | 2015年8月28日 (金) 09時14分

ゆうえん様
私もそうですね、5600のデザインは好きになりませんねぇ。
東武の30型はこの機関車を元にしてるように感じますが、日本に来たこのメーカー製機関車で唯一の5フィート動輪だし、フロントデッキ等の処理も含めて、悪くない機関車と思っています。

投稿: クラーケン | 2015年8月29日 (土) 15時01分

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