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2015年7月 7日 (火)

一枚の写真から 31 5300-3

5300は前回で終わろうと思っていましたが、この機関車の最終タイプ、山陽鉄道が増備した5314~5323号については明細図がありますので、紹介しようと思います。
元の資料が完全に全部あるわけではなく、半分だけの物も有ったりしますが、細かなバルブ等もあり、全図面を紹介するのも多すぎるので、少しだけ抜粋させて頂きます。

詳細図は組立図から始まりますが、それは前回に紹介しましたので、今回は省略します。

最初は目次です。
記入の数字が各図面のページです。
53000l
上周りから
2 ボイラー
53002l
3 運転室部品

53003l
4 煙室
53004l
5 火室
53005l
6 煙突
53006l
7 灰箱
53007l
9 安全弁
53009l
10 レギュレータ
530010l
11 加減弁
530011l
13 インジェクタ
530013l
14 フィードポンプ(クロスヘッドポンプ)
530014l
15 運転室
530015l
今回はこれまでです。

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コメント

まいど
まあ、、楽しい図面が出てきますナーーー
しかし、いつも思うのですがこの図面(他の機種でも)、メーカーが書いたのではなく、日本で書いた物と思うのですが。
一枚目の”リスト”の下部に”神田@@@@”と印刷所の記載が有ります。
チョッと疑問です。

投稿: はた坊 | 2015年7月 7日 (火) 02時33分

この図面集は、鉄道院になって以降と思うけど、全国の工場や機関庫等、関わりのある部署に配布した図面集で、我々の間で「石版刷」と呼ばれる図面集です。
昭和初期まではB4より少し大きいサイズで主要な図面は見開きの大きな図面となっています。
それ以降はA4サイズになって現在に至ります。
元々は車両を納められた時に、図面集が添付されますが、それは原寸の原紙とコピーだと思います。
その図面を抜粋、縮小して製本した物がこの図面集です、ですから、日本の印刷所の名前が入るのはおかしくないわけです。
もちろん元の図面をそのまま縮小したものではなく、製本用に表題欄等は元のままではありません。
すべての車両に図面集の製本があるわけではなく、ある程度両数があるものだけのようですが、配布数によって決まるようで、意外なことに、D62はあるのにC62はありません。無い場合は原寸の普通のコピーを必要に応じて配置区に配布していたようです。

投稿: クラーケン | 2015年7月 7日 (火) 02時59分

まいど、八五郎坊主です。灰箱小さいですね。常盤の泥炭使ってたんでしょうね?間に合いますかね?

投稿: 八五郎坊主 | 2015年7月 8日 (水) 21時26分

いくら常磐炭と言っても泥炭は使わないと思いますよ、北海道や九州炭に比べて80%程度の発熱量だったと何かの本で読んだことがあります。
日本鉄道の機関車は広火室のイメージがありますが、900,3800,5600,5630,6600,9700位でしょうか。両数的には大した量じゃないと思いますよ。

投稿: クラーケン | 2015年7月 8日 (水) 22時25分

常磐炭は泥炭でなくおおむね褐炭です
発熱量は夕張炭の七掛け、筑豊炭の八掛けってとこでしょうか
D5系は火格子が中折れでご指摘のように灰箱も小さいので、火格子が一様に緩傾斜で灰箱も深い(第2動輪を後退させたメリット)D6系に負けた一因と思われます
日本鉄道の広火室はタンク機が900・3170・3200・3240・3800の合計5形式102両、テンダー機が5600・5830・6600・7050・7080・9300・9400・9700の合計8形式106両で、両数比率でタンク機の33%、テンダー機の51%を占めてます
(5630は5500と実質同型で狭火室)
日本鉄道は6600・9700以降、燃料費を節減するため、本線用機関車を原則的に常磐炭に適した広火室で増備してます
以上ご参考まで

投稿: たかひろ | 2015年7月 9日 (木) 12時57分

テキトーに書いたら間違えちゃいましたねぇ。
日本鉄道後期に増備した機関車に多いと言う事は、それだけ常磐炭田の出炭量が増えてきたと言う事でしょうかねぇ。他所に比べて出水量が多くて大変だったようなので、技術的に改良が進んだと言う事でしょうねぇ。

投稿: クラーケン | 2015年7月 9日 (木) 18時52分

まず日本鉄道海岸線(常磐線)の開通(1897年、6600・9700両形式と同年)自体が常磐炭を京浜地区に運ぶ目的でしたから、出炭の一部を機関車燃料に用いることはごく自然な発想です
ちなみに常磐炭は産消両地が鉄道のみで連結しており、北海道や九州や撫順と違って間に海を挟まないので、船積みを便利にするためのホッパー式運炭貨車が不要だったわけです

投稿: たかひろ | 2015年7月 9日 (木) 21時01分

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