« 2015年4月 | トップページ | 2015年6月 »

2015年5月

2015年5月31日 (日)

一冊の本 川崎車両のカタログ 2

川崎車両のカタログ、国鉄の蒸気機関車です。

製造順ではなく、最初は9900後のD50です。
この機関車の9912号が川崎の製造番号1000になるので、それの記念の写真ですね。
008_282_9900l_2
初期の9900、恰好いいですねぇ。

次は4110。後期型です。
009_0100_4110l_2

8850、ボルジッヒ製のコピーです。
010_460_8850l_2
色は撮影用で、おそらくライトグレーと思います。

9600、後期型です。
011_280_9600l

8620です。元々汽車会社の設計ですが、6760の製造中止によって川崎にも発注されたようです。
012_260_8620l_2

6760です。最後の4-4-0、堂々としていて好きな機関車です。
013_440_6760l_2

大正時代の蒸気機関車はこれだけです。

次回は昭和の国鉄蒸気機関車と私鉄です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月29日 (金)

一冊の本 川崎車両のカタログ 1

一冊の本、今回は川崎車両のカタログです。
昭和初期の物と思われます。

私が持っている物は表紙がなく、あまり状態が良いとは言えないのですが、針金で製本された物を分解してスキャンしました。

製本されていましたが表紙がなく、ページの記入もないので、目次が有ったかどうかも分かりません。

最初のページは、工場全景の鳥瞰図です。
001_l
手前の高架線は神戸市電で、国道2号線はまだない時代です。
左側から構内に入っている引込線は、和田岬線からの分岐線、手前中央から右斜めの運河は現在も存在し、兵庫運河の支流とも言えるものです。

次ページから車両が始まります。

最初は旧版図の蒸気機関車。

1 中国呼海鉄路803号です。標準軌、1926年製。
002_280l_18
川崎重工兵庫工場90年史の写真集の写真とは別角度の写真です。

2 中国洮昂鉄路51号です。標準軌、1926年製。
003_264l_6
面白い形の機関車です、一体型ドームは本土より10年早い!

3 中国吉長鉄路501号。標準軌、1923年製。
004_282l_9
D50にそっくりですね、けど大きさは重量比で1.6倍。

4 中国山東鉄道522号。標準軌、1923年製。
005_280l_6
川崎の中国向け標準軌の最初の機関車です。

5 南満州鉄道ミカイ1544号。標準軌、1924年製。
006_282l
今も残ってるんじゃないかな。

6 朝鮮総督府鉄道パシシ957号。標準軌、1923年製。
007_462l
この機関車の写真は川崎重工兵庫工場90年史の写真集に載っていません。

旧外地の蒸気機関車は以上です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月26日 (火)

加悦SL広場へ行ってきました 8

加悦鉄道、客車です。
昔の地方鉄道の雰囲気を残す車両たちですね。

ハ2
  現在は残っていませんが、鉄道として存在していた頃に加悦駅の側線に留置されていた客車です。ハ6も同型ですが、私が行った頃にはもう有りませんでした。
Bc011_19820813_07l
2軸客車でクローズデッキで二重屋根、凝った引戸等、非常に特徴の多い客車です、
和歌山鉄道が大正5年に梅鉢製作所で製造した客車で、昭和18年に同型4両が日本冶金へ、その後加悦の所属になりました。
和歌山鉄道当時の同型車を牧野さんが撮られています。
1_2
「うそ!」と思うでしょうが、これなんですよ。
  日本冶金時代に扉等、側板を全面的に作り変えて上の写真のようになりました。
扉は見えませんが、上記の後の扉と同じ物のようで、この時から引戸となっています。
  全長の割にホイールベースは2438mmしかないのですが、改造時に3230mmに変更されています。改造前はピッチングが大きく、さぞ乗り心地が悪かったと想像されますね。

ハ10
  加悦唯一のボギー客車です。
大正15年梅鉢製作所製、台枠はトラス棒ではなく、チキ300のように、アングルによって補強されています。
  元は2,3等合造車でしたが、仕切りを撤去して普通のハとなっていました。
1981年撮影
Bc012_19810813_05l
近年、仕切りをきれいに再生して、ロハの時代を復元されています。
撮影2005年
P9241081l
綺麗な二重屋根
11170096

ハ20>ハ21
  ちょっと複雑ですが、現在のハ21は元々はハ4995で、昭和10年に元の車体を撤去して丸屋根の上周りを新造して、ハ20としました。
旧車体は加悦駅構内に倉庫として残りました。
  後にハ4995を復元する時に、旧車体を元のハ21に載せたため、このハ20は21に改番されました。
1977年撮影
Nc021_19770320_016l

2002年撮影、茶色に変わりました。
11170083
良い感じの客車です。

ハ21>ハ4995
  ハ20(初代)と同型の客車で、元はハ4999だった客車ですが、ハ4995として原型に復する時になぜかハ21ではなくこちらの下回りを利用してハ4995としました。
この車の上周りの状態が悪かったのでしょうか。
  ハ4995への改造は1970年なので、改造前の写真は撮っていませんが、改造で撤去された車体は、長い間妻板とアオリ戸を外されたト3に乗せられて倉庫となっていました。
その頃、1982年の撮影
Bc011_19820813_08l
ボロボロですね。
手前はハ2、向こうはキハ51の古い台車です。

ハ4995とした後の姿、1977年
Nc021_19770320_015l

今は2号機とともに屋根の下です。
P1040263l
  普通のマッチ箱と思われがちですが、一般的なコンパートメントタイプのハは5区画、扉が片側5枚なんですが、この車は4区画です。
  この客車は明治36年製、区分室タイプなので便所がなく、短距離用の2等車(3等時代)です。当初は官鉄ロ152、国有後の形式はロ550です。
  3等車と同様な構造で、畳が敷いてあり、少し区画が広いだけのもので、便所もなく、戦争終結によって軍人の減少やボギーの基本型客車の増備に伴い、大正3年に3等車ハ4995に格下げられました。
ハ21とは軸バネの受けの構造が違っています。

フハ2
ハ20,21と編成を組むのに好適な客車、大正5年名古屋電車製、ハ20,21より低めの丸屋根で、貫通路付の妻板はありますがデッキ扉はない構造です。
昔のカラー写真は撮ってませんねぇ、白黒は山ほどあるんですが・・・
2002年撮影
09150004l
真横
09150093l
今回
P1040415l

ハブ3
明治22年ドイツのファンデル・ツィーペン製の、御料車以外では日本最古と言われている客車です。
  従来讃岐鉄道の側廊下付のユニ3907(鉄道院形式)が前身と思っていましたが、現在のSL広場での表示では「九州鉄道」となっています。どうなんでしょうねぇ。
Nc021_19770320_014l
どこに原型が残っているのか、謎の客車ですが、非常に珍しい片デッキという特徴は、讃岐鉄道からのユニ3907に共通する特徴です。
今回撮影
P1040318l
昔のデッキはどんなだったんでしょうねぇ。

加悦の客車は各種存在して楽しいのですが、模型では、例えばハ10を5両ほど量産して1号(元鉄道院5100)で引っ張るとか面白そうです、またハ20、21などはどこの鉄道の機関車にも合うので、数両増備したい客車ですね。
何れも魅力的な車両たちです。

長々と続けてきましたが、加悦鉄道の紹介はこれくらいにしましょう。
単独の車両については、まだ大量に撮った白黒の部分写真があるので、もっと詳しく書くことも有ろうかと思います。

次は何にしよーかな。
ネタはいくらでもあるので、また古典機関車に戻りましょうかねぇ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月22日 (金)

加悦SL広場へ行ってきました 7

加悦鉄道も7回目、簡単に紹介してるだけなのに、両数がすごいですね。

今回から機関車以外になりますが、簡単に行きましょう。

まず、気動車から。

キハ101、非常に貴重な片ボギータイプの気動車です。
昭和11年日車製、1981年撮影
Bc012_19810813_11l
デッキが鉄板で覆われていますね。

2005年、綺麗に整備されています。
P9241087l

今回
P1040449l

次は船木鉄道から昭和37年に来たキハ51、この車両もキハ101と同じ昭和11年日車製で、芸備鉄道が購入したものです。

1977年、丹後山田で
Nc021_19770320_009l

1981年、屋根がへこんでましたが、綺麗に修復されています。
Bc012_19810813_06l

今回、キハユニになっていました。
P1040397l_2

次はキハ08、珍しい客車改造気動車です。
1977年、部分補修がされています。
Nc021_19770320_019l_3

1981年
Bc012_19810813_10l

今回、ちょっと錆が出ています。
P1040416l

気動車の最後はキハ10です。
これも珍しいんですが、あまり興味が湧かないので写真は少ないですねぇ。
P1040252l

入口のすぐ横に保存されています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月19日 (火)

加悦SL広場へ行ってきました 6

加悦SL広場のディーゼル機関車の続きです。

DC351は南部鉄道から来た機関車で、
1956年汽車会社製の一連のディーゼル機関車の特徴を有しており、
1エンジンでは大型の300馬力、当時としては大型のディーゼル機関車です。
P1040353l
外側台枠のロッド伝動式の機関車です。
大型スノープロウの上下装置は南部鉄道からの物と思われます。
現在ヘッドライトが外されていますね。
P1040396l
汽車会社標準型ディーゼル機関車の特徴がよく表れていますが、他のに比べて、たった1両だけの大型機です。

次はカトーくんと呼ばれている加藤製作所製の機関車です。
2002年の撮影
09150001l

今回撮影
P1040331l

P1040400l

元、西岡山貨物駅で日本専売公社の専用線で働いていた機関車で、1953年加藤製作所製です。
この機関車は西岡山で廃車後、国道2号線岡山の東部のジーンズショップに長らく展示(放置)されていました。
その当時の写真
226_19840315_02_l
他に何枚も撮ってるんですが、最後のネガのみスキャンしてるので、そのうちからましな物、ぶら下がってるメジャーは1mです。

現在、他に除雪用に使われていたTMC100と言う富士重工製の保線機械がありますが、近年撮影していません。
また、鉄道当時はDD352と言う大型の機関車も居ましたが、廃止時に売却されて現在は保存されていません。

それらの機関車の写真はデジカメ以前に多く撮っているのですが、最近は多忙で自分のネガをスキャンする時間がありませんので、いずれ時間ができた時に改めて細かく紹介しようと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月13日 (水)

加悦SL広場へ行ってきました 5

加悦SL広場のディーゼル機関車です。

加悦のディーゼル機関車は5両あり、DB202が日本冶金川崎から来た以外は加悦鉄道由来です。

DB201
昭和28年、森製作所製の10tディーゼル機関車です。
1977年撮影
Nc021_19770320_018l

1981年
Bc012_19810813_09l

今回
P1040417l
油引きされててすごく綺麗。

04080006l

次はDB202
昭和38年、日立製作所製、日本冶金の機関車
2001年4月8日
04080002l

2002年9月15日色が変わった!
09150005l

今回撮影、色が戻っている
P1040403l

日本冶金川崎工場は昔、工事で数か月滞在したことがありますが、時すでに遅く、線路をめくっているところでした。

残りは次回

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月10日 (日)

加悦SL広場へ行ってきました 4

加悦SL広場、今回はポーター103号です。

この機関車は加悦鉄道由来ではなく、東洋レーヨン石山工場専用線で廃車後、宝塚ファミリーランドに長らく保存されていましたが、2003年の閉園後、こちらへ来たものです。

日本に現存する数少ないアメリカ製の機関車でナローを除けば最少クラスと思います。

写真は2005年9月24日

200509242

5682_200509241

200509243

200509244

200509245

200509246

200509247

今回は部分写真ばかりで全景を撮るのを忘れてしまいましたが、
部分写真を見ると、側面の赤線が消されて煙室も艶出し塗装となっています。

この機関車は元々長門鉄道101号として1915年アメリカポーター社で製造されました。

原形と比べてみましょう。
ほぼ同型の長州鉄道2号の原形です。
縦線の理由については金田茂裕著「H.K.ポーターの機関車」を。
53982l

すぐにわかるのはキャブとサイドタンクの間が空いていること。
サイドタンクは元のままでキャブが短くなっています、リヤタンクも大きくなっていて、スティームドーム頂部の丸みも変わっていますし、安全弁が標準タイプのものになっていますね。

近藤一郎氏の、新編H.K.ポーターの機関車記載の原形の形式図です。
Hk

動輪直径、図では711mmですが、実測では600mm弱、実際のところタイヤがかなりちびていますね。

加悦の蒸気機関車はこれだけ・・・(あと2両は・・・見えない)なので、次はディーゼル機関車ですね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2015年5月 7日 (木)

加悦SL広場へ行ってきました 3

加悦SL広場、今回は1261号です。

この機関車は、2号機が加悦へ来る前に居た簸上鉄道が5,6号として1923年日本車両に作らせた機関車です。

簸上鉄道は1934年に国有化され、1260,1261号となりました。
鷹取工場の入換等に使われていましたが、1943年、2両とも大江山ニッケル鉱業に払下げられ、日本冶金工業に合併後の1947年に1260号は他社に譲渡され、1261号のみ最後まで残りました。

日本車両の標準機関車の一つで、典型的なデザインですが、設計は1480が元になったと言われています。

私が撮った写真で最も古いのはこれです
Nc021_19770320_022l
撮影は1977年3月20日、好ましいCタンクです。

次は、1982年8月13日
Bc011_19820813_09l
場所が変わっています、ヘッドライトが撤去されていますね。

そして今回、新しい場所に移り、ホームに横付けされています。
P1040255l
ヘッドライトが復活してますね。

後ろから
P1040319l

この機関車はカラーで撮った写真があまりなく、全体の写真はこれだけです。

図面は「日車の車輌史 図面集-戦前私鉄編 下」に、簸上鉄道が5,6号として載っていますので、興味がある方はご覧ください。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年5月 5日 (火)

加悦SL広場へ行ってきました 2

加悦SL広場、今回は4号です。

4号は1922年川崎造船兵庫工場製、長野県の河東鉄道の3号が前身で、1934年に加悦へ来ました。
元をたどると、国鉄1250形、1265形と実質同じ機関車で、英国ネィスミス・ウィルスン社から輸入した1200形と、それの動輪直径を大きくした1360形を元に国産化した形です。
特徴的な空気ブレーキは昭和15年に装備されたそうです。

それでは2号と同様に紹介しましょう
1982年8月13日
Bc012_19820813_01_50
格好良い機関車ですねぇ。

2001年4月8日
200104081

同じアングルの今回の写真
201504262_50
後ろのキ100と共に全然動いてないようですねぇ。
加悦鉄道のマークが外されてしまいました。「何かさびしい」と思ったんですが、写真を見るとよくわかります。
あとは、手すりが黒くなったのと、後部石炭庫の増炭部の前側が撤去されています。

反対側、2002年11月17日
200211171
タンク機関車ってこのアングルが格好いいんですよね。

今回
201504261_50_2
こっち側には番号板がありませんね。

2002年11月17日
200211172

今回
201504263_50

この4号も含め、ここの車両たちは非常に多くの部分写真を撮ったりしているんですが、それらはいずれここの車両たちの歴史等と共にちゃんと紹介しようと思っています。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2015年5月 2日 (土)

加悦SL広場へ行ってきました 1

4月26日(日)、親しくさせていただいている仲間たちと「加悦SL広場」へ行きました。

加悦へは何度も行きましたが、鉄道廃止後の「加悦SL広場」へは4度目くらいでしょうか。

今回は比較的近年の変化を車両順に簡単に紹介していきましょう。

まずは2号から。

加悦鉄道2号は、簸上鉄道が国鉄から払い下げられた120形123号が前身です。
明治7年の阪神間開業に向けてイギリス、ロバート・スティーブンスン社から輸入された機関車です。
最初は、鉄道がまだ現役の1982年8月13日加悦駅です。
Bc011_19820813_10_50
露天のせいもあり、少々色あせていますが、明治中期の大改造からほとんど変わっていない端正な姿です。
煙突キャップに大きなヒビが入っていますね。

次は2002年9月15日撮影、元鉱山駅跡に新たに作られた「加悦SL広場」での姿
煙突キャップは修復されています。ここからデジカメです。
20020915

2005年9月24日、雨です、ちょっと色あせていますがドームは磨かれています。
200509241
2005年6月に国の重要文化財になったそうです。

今回の写真
201504261_50
屋根が付きました。保存のためには良いことですが、写真は撮りにくいですね。
ですが、保存のためなので良しとしましょう。

もう1枚
201504262_70
屋根の下なので、明るく撮りました。
良いプロポーションですねぇ。

2号はここまでです。

この機関車を含む120形蒸気機関車についてはここも参照願います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年4月 | トップページ | 2015年6月 »