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2015年3月14日 (土)

一枚の図面から 42-4 機関車編 沖縄県鉄道の機関車たち 4

沖縄県鉄道、最後です。

9,10号は欠番のようで、今回は11~14号です。

これらの機関車は沖縄県鉄道の発注ではなく、

仙北軽便鉄道が1911,1913年にイギリスのエイヴォンサイドに発注した機関車です。
エイヴォンサイドの機関車は日本では珍しく、新橋横浜間で最初に来たグループに2両、それに中越鉄道その他とナローを合わせても全部で13両しかありません。

仙北軽便鉄道は1916年に国鉄に買収されてケ190形を名乗り、1921年に客車や貨車とともに沖縄県鉄道へ来ました。ここへ来る前に国鉄の手によってボイラを更新し、スティームドームの追加やサンドドームのボイラ上への移設等が行われました。

ここに示す組立図は、メーカーによるもので、ボイラ等の改造がされる前の状態です。
1577_14_l40

この図面は台湾の塩水港製糖が発注した機関車と共通で、沖縄へ来た機関車はサイドタンクや運転室の幅が広くなっています。図面をよく見ると幅を表す寸法が2重表記になっていて、大きい方の値がこの機関車のものです。

整備重量12t、外側台枠で弁装置はスティーブンスン式です。

この機関車のメーカー写真は持っていませんので、日本発注のよく似た機関車の写真を掲載します。
Avonside_1854
この機関車の弁装置をスティーブンスン式にしてボイラを少し後ろにずらせば沖縄のイメージに近いものと言えます。
外側台枠なので動輪がほとんど見えず面白いですね。

沖縄へ来てボイラを改造した後のイメージは、金田茂裕氏の「エイヴォンサイドの機関車」から引用します。
1
ドームが付くだけでかなり印象が変わりますね。

沖縄へ来てからの写真は2枚ありますが、1枚は遠方で不鮮明なので、ここでは米軍が撮影した写真を掲載します。
1615121945l
網を掛けてカモフラージュしたようですが、瓦礫に埋まってしまっています。
手前の動輪は、外側台枠のものではないので別の機関車のもので、このような状態になるということは、その機関車も無残な状態になっているんでしょう。
下回りが見えないのが残念ですが、このグループの機関車を鮮明に撮影した唯一の写真であると思われます。

日本に来たイギリス製のナローの機関車は珍しく、このグループは独特の形態と外側台枠とで個性を放っていますね。

私はヘンシェルの1~3号とともに沖縄県鉄道で最も好きなグループです。

この次に、20号という、1942年本江機械製作所製のC1型タンク機関車があるのですが、詳細が分からず、資料を持っていないので割愛させて頂きます。

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コメント

クラーケンさん これもスタイルがよいですね!!
この機関車 原型はスチームドームはないのでしょうか?
また煙突の後ろについているバルブは何でしょうか?
格好はロスコー式給油器に似ていますが

投稿: ゆうえん・こうじ | 2015年3月14日 (土) 07時52分

ゆうえんさん
スチームドームの代わりは、ボイラー内上部の前後に走る3”径のパイプに穴が空いているそうで、内部を加減弁操作棒が通って煙室に加減弁が有るように思います。
煙突の後ろの物は、図面で「ROSCOE」と書いてるのでロスコー式給油器に間違い有りませんね。
上記の加減弁にでも給油してたのか、それともシリンダ用か・・・それにしてもこんなに高い所では給油が大変ですねぇ。

投稿: クラーケン | 2015年3月14日 (土) 08時37分

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