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2015年2月 1日 (日)

一枚の図面から 41-9 機関車編 木曽の機関車たち Porter 2

木曽の森林鉄道、H.K.Porterの機関車2回目は6号機です。

6号は、1920年(大正9年)製造のC型サイドタンク機関車で、運転整備重量8.6tの小型機関車です。

組立図です。
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4号は運転室横に入口がありましたが、この機関車では側には入口がなく、背面から出入りする構造です。

この機関車のメーカーの竣工写真は持っていないので、この原型の状態の写真はありません。

昭和11年の姿。
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煙突が延長され、ベルが撤去されていますが、最も大きな改造は運転室ですね。
後部に炭庫を設け、入口を側にしたため、側と背面を作り直したと思われますが、前面は元のままのようです。

2年後の昭和13年の状態。
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煙突上部にネットが追加されていますね。
それにしてもボイラが高い機関車ですね。

この機関車はボールドウィン製に比べて、曲線の多い勾配線では操縦困難で、構造上も不具合が多いと酷評されていますが、昭和28年まで在籍したので、実際はそれほどひどくはなかったのでは?と思ったりしますが・・・

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コメント

キャブの改造、丁寧ですね。腰パネルの面取りなどにその仕事ぶりが出ています。
改造とは思っていませんでした。ここにも資料の豊富さの背景を感じます。
木曽で薪を燃料にした時代とコッペルやポーターの廃車、キャブの改造は無関係ではないでしょうね。
ちょっと興味もあって、大鹿のペテン師小屋(薪積施設)の図面を作成しています。

投稿: shay生 | 2015年2月 3日 (火) 00時02分

木曽でいわゆる「薪」を使ってたのはごく初期だけで、通常は石炭を使ってたんですが、昭和12年から桧枝条小片を使うようになってから、それが使えない石炭焚きの機関車は活躍の機会が減って、ポーターのB型などが廃車になったものと思います。
この機関車の場合は石炭焚きなので燃料の変更には関わりないと思いますが、コールバンカーの設置は、この鉄道の路線の長さに対するものと思います。

投稿: クラーケン | 2015年2月 3日 (火) 02時17分

薪の件、表現が正確でありませんでした。
確かに、3号機への積み込み状況(竹中写真)を見ると、桧枝条小片という表現が正しいと思います。
実際は、間伐材や枝打ち材なんでしょうね。
大鹿では、上階で小片化作業をしていたという話も・・・。

模型では、日本人の好みになかなか馴染んでいないようなポーター、魚梁瀬では活躍だったようですね。
魚梁瀬も道中は長かったかと思いますが、適宜、給炭施設があったんでしょうか。

投稿: shay生 | 2015年2月 3日 (火) 23時43分

shay生様
ちょっと多忙でお返事が遅れました。
「桧枝条小片」は小熊米雄著「日本の森林鉄道(上巻):蒸気機関車編」で書かれている言葉を使いました。
実際写真を見ると、直径7,8cm程度の物を10cm程度に切った物が多いようですね。
魚梁瀬は安田川と合わせると延長82kmにもなりますが、何か所も駅があり、水が湧く西谷口や二又等、給水設備も何か所もあったようですが、給炭設備はちょっとわかりません。

投稿: クラーケン | 2015年2月 8日 (日) 00時35分

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