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2014年1月15日 (水)

一枚の図面から 11 明治時代の新橋駅

この3連休は、来客が2件であとは仕事、仕事はともかく、お客さんが来てくれるというのは嬉しい事ですね。年末の模様替えをした甲斐があったなぁと思います。

今回の図面は、ちょっと指向を変えて鉄道施設の話です。先日まで特集した初期の機関車のねぐら、新橋駅の事です。

ご存知の方も多いと思いますが、初代新橋駅は、大正3年の東京駅開業と共に旅客駅は廃止されて汐留貨物駅となり、JR発足直前の貨物駅廃止と共に大規模な発掘調査が行われ、多くの遺構が発見されて、当時の巨大な鉄道拠点の全貌を見るに至りました。

現在は埋め戻されてしまって、駅跡には初期の本屋を模した施設を作って公開しているのはご承知の通りです。

今回の図面は、明治14年当時の新橋駅の配置図です。日本鉄道史上巻からのコピーです。

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左下の「停車場」と書かれているところが、現在「旧新橋停車場」として復元されているところです。初期はこのような感じで、ぐるりと3方を汐留川が巡っていて鉄道と船の連絡運輸を考えています。

駅の海寄りに客車庫や機関庫があります、最初の機関庫は扇形庫だったのは面白いですね。

図面下部の貨物ヤードにはすでに貨車用の小型転車台がありますね。

この頃に撮影された写真があります。

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機関庫は瓦葺の木造で、6線あります。

真ん中で煙を上げて出発しようとしてるのは、1月3日にアップした「一枚の写真から 13 機関車編 ブレーキヴァンが付いた機関車」の機関車9号です。ブログの一番下の写真の頃ですね。

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中央で煙を上げてるのは、23号、後の165、何と!明治村で今も煙を上げている12号の生まれて間もない頃の元気な姿なんです。そして向かって左隣で向こうを向いているのは、こいつの先輩、2~5号、後の160~163のどれかです、まだキャブ前板が横とつながっていませんね。

そしてその左が、1号機関車、後の150です。日本での機関車の機関車の大改造前の原形に近い姿を撮った唯一の写真で、キャブの前妻の窓を大きくしていますが、それ以外は原形からさほど変わっていない状態です。

転車台は中央の柱でやじろべえのように支えるタイプで、手前のフタは、中心ピンのカバーです。明治村に設置されているのも同じようなタイプですね。

これは明治村の機関庫前の物

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そして、新橋駅周りの設備はどんどん大きくなり、明治30年にはこんな感じに

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もはや扇形庫は無く、横浜方に転車台が追加され、機関庫や客車庫等が横浜寄りに移動して、代わりに新橋工場が大きく拡張されています、汐留川からの荷揚げ設備も充実しています。

そして、新橋駅末期の明治44年

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追加された転車台は、横浜寄りに移動して大型化されている。客車等の車庫が大きくなり工場はさらに拡張して、火力発電所も作られ、工場設備が電化された。もはや飽和状態の様に見えますね。

この後、新橋駅と新橋工場は廃止されて、全体が大きな貨物駅となって再出発となります。

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