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2013年12月24日 (火)

一枚の写真から 12 貨車編 ある貨車

読売新聞の2013年4月3日付の朝刊、文化面に、驚きの写真が出ていました。

それの切抜きがこれ、写真部分だけで、上が全体、下が、貨車の部分を拡大したものだそうです。

20130403l

この貨車、どこかで見た事があるという人は、よほど守備範囲の広い人、って、このフレーズ、気に行ってしまいましたが・・・

中央に荷物扉とおぼしき物、何かラティスのようですね、そして前後は窓のような扉のような・・・

当時の客車についているステップが無く、バネのスパンが短いのでどうやら貨車であろうと思いますが、中央の扉は内側をスライドするようです。中央の大きい扉が有ればその前後に扉は普通必要ないので、これは窓、その下は塞ぐための窓枠の様にも見えます。

後の有蓋車のような防水をよく考えたというより、通風を最優先に考えたような構造に見えます。これを手配したイギリス人が二トンを高温多湿で、雨が少ないと考えて作った物でしょうか。

明治26年にF.H.トレビシックがまとめた、日本初の客貨車形式図集には、この形のままの物はありませんが、積載重量5tと、メーカーの記載がない(という事は、おそらくイギリス製)のと、両数がまとまっているのとで、ASタイプだろうと私は推定するんですが、今までまともに取り上げた書物は無いようです。

Fh_26_as

普通の有蓋車になっていますが、製造から22年も経てば改造されて当然ですね。

と、まぁ、ここまで書いて、この貨車の写真が見つかったと言うだけで、なぜ新聞に載るほどのニュースなのかと思うでしょ?

記事にもちゃんとは説明されていなかったので、ここで、この写真の値打ちを説明したいと思います。

記事にある、「当時の錦絵」というのが以下に示すものです。

先ずは国輝、明治5年発行、版元は大黒屋平吉

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次は、広重、明治7年?発行、版元は万屋孫兵衛

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次も、広重、明治7年発行、版元は浜田屋鉄五郎

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どれも機関車は後の160の1次形、機関車の後ろの赤い貨車は紛れもなきこの貨車なんですが、今まで、このタイプの写真も図面も見つかっていなかったので、実在したという証拠が無かったんですが、今回この写真が見つかった事によって証明されたわけです。

2枚目の写真では、窓に人の顔が書かれており、これが3等車という考え方も出来ますが、開業時に中等車?を改造した3等車があるので、単なる勘違いと思っているんですが・・・

ちなみに広重の図の客車がまさにその改造3等車で、オープンデッキを埋めて定員を増やし、デッキの所に扉を付けた物です。

版画なので、刷師によって多少色が変わる事は考えられるが、絵師の指定での色付けと思われるので、実物の鉄道を見て書いたと思われる写実的な物に、貨車が赤で刷られている物が多い。これが正しいと考えるのは少々無謀とも思えるが、当時の赤系の塗料の代表は水銀朱とベンガラだと思うが、イギリス人にも通じるものと考えればベンガラではないかと思う。ベンガラは水銀朱より茶色に近く、茶色に書かれた錦絵も存在するので、ある程度退色したり、汚れたりして茶色に見えるものも有ったのではないか?とも考えられる。

おまけで、関西(と称する)の錦絵を紹介します。

広重、発行年不明ですが、京都開業の明治10年と思われる、版元は福田熊次郎

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機関車はエーボンサイドのA3、これは当時関西には来ていませんねぇ。開業式は後の5100だったはず。駅は、建物は大阪駅のイメージだが駅全体の感じや本屋の方向は新橋の様、こんな終端駅は当時も関西にはない。客車は片側だけにデッキがあって、御料車も1号とは違いが多い。

どうやら、広重は大阪駅の写真か図などを見て、東京に居たままで想像で書いたようですね。東海道線が開通していない当時、徒歩か危険な船くらいしか交通手段がなかった時代では、わざわざ関西まで来なかったんでしょうねぇ。関西なら客車の色も違ってたと思ったのかもしれませんね。

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コメント

まいど!
何時もながらすばらしい考察。
私も、引きずり込まれていきそうです。

錦絵なんか適当に描いているとおもってましたが、元になる絵が無かったので、忠実に写生していたのですね。
その点、今の漫画等はええ加減ですね!!

投稿: ひからび | 2013年12月24日 (火) 10時44分

ひからび様
とんでもない機関車を書いていると思ったら、鉄道開業前だったりして、人物画や風景が多かった浮世絵や錦絵の世界に、機械的な物は、デフォルメが出来ず、最初は苦労したと思います、だから、絵師によって、開業後でも写実とはほど遠い物もあり、やはり絵師の写生力の違いなんでしょうねぇ。
漫画でも結構頑張ってるのがあって、「るろうに剣心」というアニメで、横浜へ肉鍋を食べに行くと言うのがあって、開業間もない汽車に乗るシーンがありますが、車両は明治村なんかを元にしてるようで時代的に正確ではないけど、海の中の築堤を走るなど、結構楽しめました。

投稿: クラーケン | 2013年12月24日 (火) 12時27分

最初の写真は撮影地はどこでしょうか 川上幸義「新日本鉄道史」上 にも国輝の絵があり同じタイプの車両に広重と同様に乗客らしき人物が見えます。開業間もない様子を描いた車輛の写真が見つかったということは 描画の正確さと後の改造ではなく開業間もない時期からあのスタイルであったということでしょう。
この車両が どの絵も機関車次位に2両連結していることと 塗色が客車と別になっていることは なにを意味するものか・・・・また眠れなくなりそうです。

投稿: どぶちゅー | 2013年12月25日 (水) 15時34分

どぶちゅー様
記事によると、横浜での開業準備中の明治5年3月から5月の間ではないかとの事。
東大史料編纂所の保谷(熊澤)徹教授と鉄道友の会のメンバー5人で研究してるとの事ですが、東大史料編纂所のデータベースでは、この写真は見つかりませんでした。
鉄道友の会のホームページでは鉄道史料関係のデータベース自体が無いようです。

投稿: クラーケン | 2013年12月26日 (木) 00時58分

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