2018年10月17日 (水)

一枚の図面から 50-11 機関車編 9600 69666-79669

9600、国内最後のグループは、1923年(大正12年)製、D50の製造が始まる年ですが、この増備から空気ブレーキ装備になります。

いつもなら台枠からですが、今回は一番特徴的な空気配管図から。
La3037_9600_114_p107_70
もう一枚、給水ポンプ装備車の配管図。
La6052_9600_139_p132
台枠図、ランニングボード等の変更です。
La3033_9600_068_p061_70
ランニングボード
La3041_9600_070_p063_70
Lb3213_9600_072_p065
空気ダメ受け
La3043_9600_078_p071
この4枚は川崎製の物を示し、汽車会社製は空気ダメがもう少し上に付きます。

コンプレッサ受
9600_120_p113
冷却管受
9600_118_p111_1
圧縮空気が使えるようになったので、このグループからは砂撒きが空気式になりました。
砂撒装置
Lb6251_9600_162_p155
砂箱
Lb6159_9600_163_p156
このグループの最終増備の1925年製の79630-79637の一部及び1926年製の79658-79669は自連装備で出場しました。
その図面
9600_082_p075
最後にこのグループの竣工写真。
90669666

97879626

最終番号は左右
86979669_1

86979669_3
このグループは以上です。

次回は製造後の改造などです。

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2018年9月28日 (金)

一枚の図面から 50-10 機関車編 9600 49602-69665

9600も製造開始から7年経った大正8年になり、台枠が変更になりました。

変更理由は機関車のブレーキが真空ブレーキから蒸気ブレーキに変わったことによるものと思われます。

大正8年といえば18900(後のC51)が出来た年で、今回の9600の変更は18900のブレーキシステムと同調したものと思われます。

では、そのブレーキシステムから見ていきます。
9600_209_207
今回からの蒸気ブレーキシリンダ
9600_227_225
  真空ブレーキの時は、台枠の両側に真空のブレーキシリンダが付き、ブレーキテコを引き上げて制動が掛かる構造でしたが、今回の変更でブレーキテコを押し下げて作用するタイプの蒸気ブレーキになりました。

  変更理由としては、大正12年から採用される空気ブレーキとの関わりがあります。
  空気ブレーキのブレーキシリンダは、日本では全てシリンダ後部から空気を入れてピストンを押し出すことによりブレーキが作用する形なので、真空ブレーキのピストンを引いて作用するのとは逆作用になります。

  将来の空気ブレーキへの改造に際しては、従来の真空ブレーキではブレーキ軸や軸受、ブレーキシリンダの取り付け方など大幅な改造になりますが、空気ブレーキと同様のピストンを押し出すタイプの蒸気ブレーキにすれば、ブレーキ軸受等の変更がなく、部品交換と台枠の比較的簡単な改造で済むようになります、今回の台枠の変更はこれに即したものになりました。

それでは、その台枠です。原版は横長なので、左右に分割しました。
9600_196_1942_2
9600_195_1941
ランニングボードは美しい直線で、上面は網目等がないフラットな板、さらに縁取りの補強等を取り付けるリベットは上面がフラットな皿リベット。

川崎造船が主体になって製造した機関車は、D50の途中までは網目板は使わず、美しいフラットなランニングボードだったんですよ、なお、汽車会社が主体となって設計した8620は川崎造船で作っても網目板を使っています。

主台枠の板は1インチ(25.4mm)です、9600の特徴的なフロントデッキに円弧状に出ている板は、この台枠が出ているのがこの図で分かりますね。

今回の変更では、台枠後部のブレーキ軸の軸受とブレーキシリンダ取付関係が大きく変わっています。

図面はあと一枚、管装置です。
9600_238_2351_stitch_50
管装置は組立図の代わりにもなりうるほどの情報量がありますね。
真空ブレーキタイプの最後の配管です。

最後に原形写真を少し。
76659664

81669614

84469642

この3枚の写真のナンバープレートは全部エッチングですねぇ、この頃の流行りなのでしょうか。

次回は国鉄最後のグループです。

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2018年9月12日 (水)

一枚の図面から 50-9 機関車編 9600 19683-29637,29653-49601

9600、次のグループは19683-29637,29653-49601です。
1918年の汽車会社製から始まりました。
29638-29652が飛んでますが、これらは同年小倉工場で作られたグループで、前グループの仕様で製造されました。
このグループからの変更点はわずかなんですが、運転室の窓が、二枚から一体の大きいものに変更されています。
 
運転室の図面です。
9600_121_p114_2
窓以外は変更が無いようで、後部妻板は傾斜していますね。
このグループの途中39613から自連への交換の準備が始まり、フックの取付部が変更されました。
9600_176_175_39613
フックの周りの幅368mm、高さ203mmの間隔の1-1/4”の4本の穴が自連の取付穴です。
これ以前の自連を考慮しない図がこれ。
9600_175_174
比べてみるのも面白いですね。
このグループの追加図面はこれだけで、次のグループから蒸気ブレーキに変わります。
汽車会社の公式写真です。
撮影した状態
75247_19686l
修正したもの
P8_19686l
 
もう1枚
36039614l
このシリーズはここまでです。
次のグループから、台枠が変わります。

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2018年9月 8日 (土)

一枚の図面から 50-8 機関車編 9600 9658-19682,29638-29652.

9658~19682,29638~29652のグループの続きです。
管装置
9600_236_234
制動装置

9600_208_206

手用制動装置
9600_207_205_2
一見制動装置と同じように見えますが、ブレーキテコが違うタイプとなっていますね。

灰箱
9600_033_031
汽笛座
9600_088_088
当初の火室左側面取付のもの

このグループの図面はこれだけです。
続いて写真を少し
小倉工場製29652
152965234

戦前のもの
3181962819370405

昭和24年
217968019491200_1
同じ機関車
217968019491200_2

このシリーズはここまでです。

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2018年5月26日 (土)

一枚の図面から 50-7 機関車編 9600 9658-19682,29638-29652.

  9600、今回からは本格的に大量に量産が始まったグループ9658~19682と少し飛んで29638~29652のグループを見ていきましょう。
製造は大正4年から7年で、15両の小倉工場を除き全部川崎造船製です。
 
先ずは組立図
9600_001
  一見前回のグループと似ていますが、外観上の大きな変更点、運転室をご覧ください、
後ろの妻板が平面で斜めになっているのがお判りでしょうか。
運転室は一旦最初のグループから大幅に縮小されましたが、すこし小さくしすぎたようで、今回のグループからは側板はそのままで後ろの妻板を斜めにして後部に広げた格好です。
  側板を延長しなかったのは、設計上の最急カーブで炭水車の側板前端との間隔に余裕がなかったせいで、機関車全長を切り詰めた影響が出ています。
後に空気ブレーキを装備した時にブレーキ弁のせいで狭くなって、運転室を後ろに延長しましたが、その時は機関車と炭水車の間の連結棒を延長して対処しました。
  番号が飛んでいる29638~29652は小倉工場製で、製造年はこのグループと同じです。
 
その運転室
9600_257_253_2
側窓は小窓が2つ、縁取りは直径38.1mmの半丸、屋根に断熱のための段差があります。
 
次はボイラ
9600_006_004
安全弁カバー等古い状態で書かれている部分もありますが、9688号以降の図です。
9658号から大煙管が21本から22本になり、過熱量が増大されました。
 
次は煙室
9600_009_007
9658号以降の図です。シリンダから排気のブラストノズルが改善されています。
 
蒸気ドーム
9600_016_014
図面は9698号以降です。
 
火室のクロスステー
9600_014_012
これのカバーが火室の横に出ていて目立ちますね。
 
久しぶりに再開したので、今回はこれ位にしておきます。

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2018年3月10日 (土)

一枚の図面から 50-6 機関車編 9600 9618-9657

9600の続き。

今回は、京都鉄道博物館に保存されている9633の写真を掲載します。

自分用として部分の記録の撮影なので、綺麗な写真はありませんのでご容赦ください。

いつもの状態
96330
時々外に出ますが、この時は近寄れない
96331

96332

96333

96334_2

96335

このアングルが好きです。
96336

ランニングボードは普通の鉄板で、補強のアングルは皿リベットなので上面はつるっとしています。
96337

96338

シリンダ後部
96339

クロスヘッド周り
963310

台枠後部
963311

963312

フロントデッキ、外側の板は、バルブスピンドルのメンテナンスのために、外れるようにボルト止め。真ん中の丸い物は先台車の復元装置のカバー
963313

963315

炭水車は通常タイプ、側板は後上部以外は新製でリベットはでたらめ。
963316

昔の写真は掲載できるものがないので、このタイプはここまでです。










































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2018年3月 7日 (水)

一冊の本 高精細画像で蘇る150年前の幕末・明治初期日本

今日、近所の書店で見つけた本です。
「高精細画像で蘇る 150年前の幕末・明治初期日本」

20180306_224615l

  当ブログの2013年12月24日の「一枚の写真から 12 貨車編 ある貨車」で取り上げた、正式開業前の横浜駅の写真が載った高精細な写真集です。
  出版は、この写真を発見した、東京大学史料編纂所 古写真研究プロジェクト。
件の写真を撮影した、ミヒャエル・モーザーと、その師匠ヴィルヘルム・ブルガーの写真、それと二人が収集した当時日本で撮影された写真を最新の技術によってデジタル化されたものです。

20180306_224700l

  ガラスネガを高精細で複写して、そのままの全体像と、重要部を大きく拡大したものが掲載されていて、横浜駅の全景を撮った写真があり、この写真はその一部の拡大で、ラティス状の扉を持った貨車や後の160形機関車等が写っている写真です。
  前回の新聞の写真では分からなかった全体のディテールがはっきりと写っています。

駅全体の横からの撮影で、駅の横の機関庫設備や機関庫の中の機関車も見えます。

この本では鉄道関係はこの1枚だけで、価格は税込み5,940円と少々きついですが、他の写真では、甲武鉄道が線路を敷く前の神田川の様子や維新前の江戸城、清水寺から見た当時の京都の街並み等、日本で最初に撮影されたと言える写真が多くあり、昔の街並みや人物等、非常に興味深いものとなっています。

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2018年3月 2日 (金)

1冊の本 近藤一郎さんの新刊

このところ本業が多忙で、9600はちょっとお休みしていますが、

近藤一郎さんが今月、新刊を出します。

題して「ボールドウィンの中・小形機関車完結編」。
20180224_143316l

金田茂裕氏が1982年に発刊した「ボールドウィンの小形機関車」の補遺および中形機関車を追加したもので、2012年に大量に入手した同メーカーの組立図等によりほとんど一から書き直したと言ってよい内容になっていて、本邦初公開の組立図も入っています。

また、「新編 H.K.ポーターの機関車」の補遺・訂正では新たに見つかった多くの写真により、これだけでも充実した内容で、例のランケンハイマーへの大胆な仮説もあります。

まもなく発売ですよ!

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2018年2月15日 (木)

一枚の図面から 50-5 機関車編 9600 9618-9657

今回も9618~9657を見ていきましょう。

今回は下周りの図面です。

台枠組立、現物は横長なので、2枚に分割します。
9600_170_1692
9600_169_1691
  この台枠は、真空ブレーキに対応したもので、9618~49601に使用しています。
9600~9617との違いは運転室の床のみと思いますが、図面が無いので不明です。
  台枠の板は1”(25.4mm)厚で、軸箱守は内側に強固にリベット止めされています。
後に、大陸へ送るための標準軌改造にあたり、軸箱守をひっくり返して対応できたのはたまたま寸法が合ったからだそうですね。
  前端バリは1”(25.4mm)、後端バリは5/8”(15.9mm)厚、板台枠の構造が良く分かりますね。
  ランニングボードの板厚は1/4”(6.35mm)9600は最後まで網目板は採用せず、普通の鋼板だったようです。
また、ランニングボード上面のリベットは皿リベットを使用して靴が引っ掛からないように考慮されていました。

バネ装置
9600_157_158
9618から、イコライザは先台車と第1動輪が結ばれて1点、第2~第4動輪までが左右で2点の3点支持となっています。
  9600~9617は先台車から第2動輪までと、第3、第4動輪の組み合わせでしたが、9618以降、重心を前にずらして、第3動輪の最大軸重を13.67tから13.41tに引き下げて、動輪軸中の均等化が図られています。
  第3、第4動輪が下バネなのは火室と灰箱のために上バネには出来なかったようです。

バルブギヤ
9600_129_1301_stitch_50
シリンダ
9600_098_099
9600はシリンダが横に張り出しているのが特徴ですね。

連結棒
9600_123_124
溝が無いので薄いですね、一番分厚い第2第3間の物で1-5/8”(41.3mm)です。

次は動輪、第1動輪
9600_143_144
第2動輪
9600_144_145

第3動輪
9600_142_143

第4動輪
9600_145_146
  9600で必ず話題に上る動輪クランクの位相が左が先行しているという話題。
  動輪の図では、反対側のクランクピンの位置に丸印が書かれていますが、確かに左側が先行する形になっています、これについて、どうしてこの様になったのか考えてみたいと思います。
  9600以前の機関車はクランクの正反対の位置にバランスウェイトがありましたが、9600から左右のクランクの位置を加味したクロスバランス方式に変わったため、 第3動輪以外はバランスウェイトに角度が付くようになりました。
  この角度の向きは、反対側のクランクの側に傾くため、左右のクランクが右先行か左先行かで傾きが違ってくるため、右先行、左先行では動輪の鋳物自体が変わります。
  この図では右バランスウェイトが右に振っていますが、右先行の動輪では全く反対の形になります。
この、鋳物自体が変わってしまうというのが大きくて、この機関車の設計がどんどん進んでいき、図面を完成させる時期は戦場のような忙しさで、どこかに勘違いがあったのか、設計段階でバランスウェイトを反対に書いてしまい、そのまま製作現場に流れてしまって、木型の完成まで終わってテストショットまで行ってしまった後で左右逆で作られていることに気が付いたと思うんですよ。
このような大型で一部に体積の大きい部分があり、信頼性の高さが要求される鋳造は非常に難しく、鋳造も熟練の経験が要求されます。
テストショットの段階で、鋳造のエキスパートが試行錯誤を繰り返して作り上げたものと言えます。
その段階で反対に気が付いたとしたら、もはやもう一度1か木型を起こして鋳造をやり直すとなると、現在の大型の木型の費用を考えた場合、莫大な損失となり、工期にも影響が出ます。
  そのように考えると、左先行を変えられなかった理由が見えてきます。

  では、それまで日本は全部が右先行であったのか?
手元の資料で見る限り、国鉄系の機関車は全て右先行と考えてよさそうです。
日本に最初に来た英国製の機関車は右先行が標準で、それ以降は全部それに合わせたと思われます。
  私鉄等を調べたところ、ドイツ製の私鉄向け機関車に左先行が見られます。
これはその一例、クラウス製、花岡鉱山1,2号機です。
67546755_z452_12_a2_300
  私鉄の機関車は大抵の場合、国鉄工場でメンテナンスをするので、こういう左先行の機関車も整備していたはずで、標準のクォータリングマシンが使えないとは言え、地方鉄道に特別高価な整備費用を請求したとも思えず、致命的と言えるほど大きな問題ではj無かったように思います。

炭水車はこの系統から450立方尺の3軸車になります。
9600_450_6001_4
炭水車のタンク
9600_450_212
台枠
9600_450_201
配管
9600_450_200
このシリーズの図面はここまで。

次回は、9633の詳細写真を掲載します。

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2018年2月10日 (土)

一枚の図面から 50-4 機関車編 9600 9618-9657

9600、今回からは最初のマイナーチェンジの9618~9657を見ていきましょう。

今回は上周りの図面です。

組立図
410_1dh2_9600_012_stitch_50
このシリーズは全体から見れば少数派の40両ですが、機芸出版の蒸気機関車スタイルブックの図はこの図をトレースしたものです。

先ず目につくのは、運転室が小さくなって裾が乙型になった事ですね。
この運転室については、9600では初めて新製から後ろの妻板が付きましたが、通常の形です。

それでは、明細図の順に図面を紹介していきます、非常に古くて変色がひどい状態だったので、ちょっと見難いものですが、貴重な図面と言う事でご容赦ください。

煙室戸
9600_018_016
9618以降の図です。
後の機関車では、煙室戸の周りの内側にアスベストのリングがあって、そこで気密が保てるのですが、この図面ではそれが無いので気密を保つために、周りにクリートを付けています。

煙突
9600_050_048
9600~9651は前回紹介したものですが、9652から通風改善で2インチ太くなりました。

自動器
9600_067_066
自動器は初期の過熱式ボイラの煙室に付いていたもので、次の図の風戸を開閉するために蒸気で作用するシリンダです。

過熱器風戸装置
9600_063_062
この図は9658からの物ですが、説明のためにここに入れます。
右側は、煙室を前から見たもので、左の「A」に自動器のクロスヘッドが付きます。
レギュレータを引いていない状態ではこの図の状態で、「D」は「E」のウェイトのために上に上がってフタが閉じていて、大煙管は閉ざされて過熱管が加熱されません。(「E」の腕にも「D」が書かれていますが、ここでの「D」は下のフタを指します)
力行時に自動器に蒸気が入ると「A」の上部が後方に動き、「I」を動かして「D」を回転させてフタが開いて過熱管が加熱されます。

自動器運転装置
9600_068_067
自動器の動きを手動にするものです。

これらの過熱加減装置は後に廃止され、常に過熱が行われるようになりました。

ボイラケーシング
9600_069_069
ボイラケーシングの板厚は1/16”、1.6mmですね、全体の大きさを考えるとペラペラと言っていい薄さですね。
ボイラバンドは、2”x1/16”、幅50.8mmで厚さが1.6mmです、写真ではボイラバンドがほとんど見えないのがうなずけます。

砂箱
9600_092_093
空気が無いので、砂撒きは手動式です。

このグループの運転室やその他の図面はありません。

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